【連載】渡辺慎太郎の独り言 Vol.03「ラスト・デトロイト」

2019/02/11 17:55

デトロイトの想い出。

 

初めてアメリカ・デトロイトへ行ったのはおそらく1986年だったと思う。その当時、オハイオ州コロンバスというところで大学生をやっていたのだけれど、デトロイトに実家のある友人が地元枠でF1アメリカGPのチケットが取れて、自分を誘ってくれたのがきっかけだった。

 

コロンバスからデトロイトまではクルマで約4時間くらいだったから、愛車の”ワンダーシビック”を駆って出かけることにした。約束の時間よりもちょっと早めに到着したので、せっかくだからダウンタウンでも見て回ろうとグリークタウンの近くでパーキングを見つけたときのこと。中へ入ろうとすると係員が飛び出してきて両手をクロスして「No! No!」と叫んでいる。仕方ないのですぐそばの別のパーキングをトライしたものの結果は同じ。どちらのパーキングも明らかにまだスペースが空いている。そして3軒目にはついに禁断の中指を立てられる始末。そこでようやく事態が呑み込めた。

 

いわゆる”ジャパンバッシング”だった。

 

日本車に乗った日本人と覚しき東洋系が、よりによって当時は壊滅的な打撃を受けていたビッグ3のお膝元のど真ん中をウロウロしてるんだから、そりゃ目の敵にされても仕方ない。ようやく駐めさせてくれたパーキングでも、「一番奥の、道路から見えないところに駐めて」と念を押された。TVでは日本製の家電がハンマーで壊されたり、日本車や日の丸が燃やされたりと、何かと物騒な映像がしょっちゅう流れていた頃で、「本当にこんなことがあるんだ」と肌身で感じた貴重な経験だった。

 

それから数年後、再びデトロイトを訪れた。今度は観光ではなく仕事。ノースアメリカン・インターナショナル・オート・ショー、通称デトロイトショーの取材である。

 

 

まるで映画のようなカンファレンス。

 

90年代に入るとアメリカの自動車産業は活気を取り戻し、デトロイトにはちょっと浮き足だった空気が漂っていた。それはショーにも現れていて、いまでは考えられないような演出がそこかしこで見られた。

 

プレスカンファレンス初日の最初はいつもフォードと決まっていて、ショー会場のとなりにあった「ジョー・ルイス・アリーナ」というNHLのデトロイト・レッドウィングスの本拠地をカンファレンスのためだけに貸し切って早朝に開催。”早朝”なのはブレックファーストを用意しているからで、朝から特大のリブステーキが参加者全員に振る舞われた時もあった。

 

会場となる「コボホール」の正面は全面ガラス張りになっているのだけれど、ニューモデルがそこを突き破って登場したり、ホールの天井から落ちてきたり、ほぼ半裸の女性がポールダンスを披露するなど、各メーカーは競い合うようにカンファレンスの趣向を凝らすことに社運をかけているようにさえ見えた。まるで映画のような風景を目の当たりにして、「アメリカすげえな」と何度も呆気にとられたものだった。

 

 

CESの影響。

 

あれから30年近くが経過した今年、1月の開催は最期となるデトロイトショーを訪れた。

 

以前から1月初旬という時期については不評で、友人のイギリス人ジャーナリストが「よりによってなんでこんな極寒の時に極寒の場所でやるのか理解できない。どうしても1月にやりたいならマイアミとか暖かいところでやればいい」とこぼしていた。「それじゃ『デトロイトショー』じゃなくなるじゃん」と告げると「でも東京モーターショーは”千葉”でやってるでしょ(笑)」とジョークで返され苦笑いした記憶がある(幕張で開催されていた頃の話)。

 

来年からは6月となる予定だが、開催時期の変更理由は気候の問題だけではなさそうで、ひとつは直前にラスベガスで行なわれる“CES”の影響があるという。「CES(Consumer Electronics Show)」は本来、家電や電子機器の見本市だったが、EVや自動運転の技術が普及してくるにつれ、自動車メーカーも相次いでCESに出展するようになった。世界からの注目度やニュースの配信量を考えると、CESの翌週にある(寒い)デトロイトに出展するよりは(暖かい)ラスベガスを選んだほうが効果的という判断が働くのも無理はないだろう。

 

 

寒い。お粗末・・・。

 

で、今年のデトロイトシはこれまでのどれよりも”寒い”ショーだった。気温は例年よりも少し高いくらいで、雪も見当たらない。ショーの内容があまりにもお粗末だったのである。

 

出展数の激減は致命的だった。日本メーカーはマツダと三菱が出展を見合わせ、ドイツメーカーに至ってはフォルクスワーゲンのみが参加。メルセデスもポルシェもBMWもアウディもそこには影も形もなかった。出展していてもプレスカンファレンスを行わなかったメーカーも少なくない。自動車メーカーでカンファレンスの時間を設けたのはフォード、ラム、トヨタ、フォルクスワーゲン、日産、キア、インフィニティ、ヒュンダイ、スバル、レクサスのみ。GMのキャデラックは大型SUVのXT6をワールドプレミアしたにもかかわらず、カンファレンスは開かなかった。主役であるはずのビッグ3ですらこの体たらくである。デトロイトショーを完全に見限っているように窺えた。

 

 

それでも見事だった、豊田社長。

 

だからトヨタの新型スープラお披露目がもっとも盛り上がったのも、不戦勝みたいなものと言えなくもない。それでも、豊田章男社長のスピーチは見事だった。絶妙な間の取り方やジェスチャーの交え方、緩急を付けた語り口など、そこにいるオーディエンスをグイグイと引き込む力を持っていた。数年前のインタビューで豊田社長は「アメリカはアウェイ」と言っていたけれど、いまでは完全に「ホーム」となっているという印象を受けた。

 

ただちょっと残念だったことがふたつ。ひとつは、スープラのワールドプレミアだったのに、最後まで多田チーフエンジニアを豊田社長が壇上に招かなかったこと。初めてのBMWとの共業という難しいプロジェクトを見事にやってのけた彼への賞賛と労いがあってもよかったとのにと思う。もうひとつは、トヨタのカンファレンスの3時間後に行われたレクサスには姿を見せなかったこと。豊田社長はもはやスター的存在となっていて、レクサスのカンファレンスにも当然現れると信じて疑わなかったメディアも多く、「どうして彼は来ないんだ?」と多くのジャーナリストから質問攻めにあった。

 

栄枯盛衰を繰り返してきたデトロイトショー。開催時期を6月にしたからといって、果たしてその存在意義を世界へ知らしめることができるのかどうか。個人的には、いろんな意味で今回が最期のデトロイトショーのような気がした。かつてはジャパンバッシングの中心だったデトロイトのモーターショーでの最期の主役が日本車だったとしたら、なんとも皮肉な話である。

 

 

文/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)