【連載】渡辺慎太郎の独り言 Vol.04「平均80点」

2019/02/24 17:55


「平均」vs.「才能」

 

自分が通っていた都立高校にはユニークな先生がたくさんいて、ずいぶんと有意義な高校生活を送らせていただいた。現代文の先生は、文章を書くことの楽しさと難しさの両方を丁寧に教えてくれた。こうしていま、執筆を生業としてどうにか暮らしているのはその先生のおかげなのだけれど、もうひとり、大変お世話になった先生がいた。

 

数学を担当するT先生は、ちょっと強面の人相とぶっきらぼうな物言いで、どちらかといえば体育の先生のような雰囲気を醸し出していた。そんな彼に、ある日「放課後に教員室へ来るように」と言われた。話の内容には察しがついていた。自分はとにかく数学がめっぽう苦手で、それは中間テストの成績がクラスで下から2番目というこれまでにない壊滅的な結果を残してしまった直後だったからだ。

 

「なんで呼ばれたのか分かってるよな」
「はいすいません」
「数学は嫌いなのか、それとも苦手なのか」
「苦手だから嫌いなんだと思います」
「お前が、本当はやればできるのか、やってもできないのか、先生はそれが知りたい」
「はあ」
「で、だ。次の期末テスト、とにかく数学を最優先に勉強してみろ」
「あ、でもそうすると、他の科目の成績が自動的に取り返しの付かないこのとになる恐れがありますが……」
「他の教科の先生には、オレのほうから事情を説明しておく。だからとにかく数学の勉強をしてみなさい」
「そういうことならまあやってみますけど、先生の期待に応える自信はまったくないですよ」

 

そう言って職員室を後にした。正直、T先生の本当の目論見はいったい何なのか、16歳のひよっこには皆目見当がつかなかった。でもせっかくのオファーなんで言われた通り、数学の問題集をひたすら解きまくり、分からないところは同じクラスの“数学博士”の教えを賜り、期末テストに挑んだ。結果は自分でも驚くことに、今度は下からではなく上から2番目になった。そしてまた、T先生に呼ばれることになる。

 

「よくやったな。これで、お前はやればできるということがわかった」
「ありがとうございます」
「もし、やってもできないのであれば、数学との向き合い方とか基礎とかをあらためて教えてやらないといけないと覚悟していたんだが、どうやらその必要はないようだ。だからもう、数学はそんなに勉強しなくていいぞ」
「え? いいんですか??」
「現代文、得意だったよな。だったらそっちをもっと勉強すればいい。ただ、いまの学校のシステム上、数学で落第点を取られたら先生でもどうにも救えないから、ギリギリのところはどうにか死守するように。以上」

 

なんだか狐につままれたような話だった。でもいまにして思えば、T先生はきっと平均的にいい成績を取ることが善しとされていた当時の教員方針に対して、生徒の得意な才能を伸ばすという独自のポリシーを持っていたんだと悟った。

 

 

日本車の作り方は、日本の学校教育に似ている。

 

日本車はよく“80点主義”と言われる。これはもちろん褒め言葉というよりも、皮肉を込めた表現でもある。動力性能、燃費、操縦性、乗り心地、快適性という項目があれば、どれもが80点を取れるように開発する。出来上がったクルマは当然のことながらそつなくまとまっている。大きな不満もない。でも、それ以上でも以下でもないから、記憶や余韻は残らない。

 

こうした日本車の作り方は、日本の学校教育にちょっと似ていると感じている。絵を描くのがすごく上手で、いつも絵を描いている子は「絵ばっかり描いてないで国語や数学も勉強しなさい」と言われる。俊敏なハンドリングを実現するために前後のロール剛性をあげると「硬すぎるからもっと乗り心地をよくしろ」と言われる。本を読むのが大好きな子は「外に出て運動もしなさい」と言われ、官能的なエンジン音を追求すると「もっと静かにしろ」と言われる。学校の科目もクルマの性能も、おしなべて80点を取ることが求められているようだ。

 

 

考えさせられる「平均点」

 

80点が悪いというわけでは決してない。でも“平均で80点”を取るなら、すべての性能を80点にする以外にも方法がある。60点の性能があっても他の性能で100点を取れば平均点は80点である。乗り心地が少々悪くてもごきげんなハンドリングなら気持ちいいし、ちょっと視界が悪くても抜群に格好いいスタイリングなら許せるし、思わず聞き惚れてしまうようなサウンドなら多少うるさくても構わない。最近の欧米のクルマもすべての性能で80点を取りにいっている傾向があって、昔のような強い個性がやや希薄になっている車種も少なくないけれど、それでも日本車よりは独自性がまだどうにか残っている。

 

モノによっては40点だっていい。その代わり、他のところで120点を取ればいいだけの話である。我々の記憶に鮮明に残っていたり、ドライブの後でも余韻でまだ楽しめるクルマというのは、えてしてそんな成績だったよなと、日本車ばかりが並ぶ休日のサービスエリアを眺めながら思ったのでありました。

 

 

文/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)