ポルシェが製造した「VW 39」とは? 特別なビートルを振り返る

公開日 : 2019/04/07 17:55 最終更新日 : 2019/04/07 17:55

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VW 39

 

39台が製造されたビートルのプロトタイプ

 

シュトゥットガルトのツッフェンハウゼンでポルシェによって製作されたフォルクスワーゲン・ビートル(タイプ1)のプロトタイプ「VW 39」は、14台のみ。その中の1台、シャシーナンバー「1-00003」は、現在ハンブルクのプロトタイプ・ミュージアムに展示されている。

 

このフォルクスワーゲンは、ある意味では“真”のポルシェであり、ドイツの自動車史における最も重要な1台だ。フェルディナント・ポルシェは、1939年に生産を前提としたプロトタイプとして設計。このモデルの特別な点は、ツッフェンハウゼンで製造された他のプロトタイプとは異なり、リヤに「タイプ64」エンジンを搭載していることにある。

 

 

パワーアップしたエンジンにより145km/hの最高速度を発揮

 

「タイプ64」ユニットは「ベルリン-ローマラリー」参戦車両用に設計。流線型のボディが与えられた速度記録車は、1939年に開催が計画されていたベルリンからローマまでを走破するラリーでの勝利を目指していた。長距離走行を考慮し、エンジンは32psにまでパワーアップされている。

 

パワーアップ版のエンジンを搭載したプロトタイプは、145km/hという優れた最高速度を誇った。この「VW 39」で、フェルディナントと息子のフェリー・ポルシェは、ツッフェンハウゼンから、建設中だったヴォルフスブルクにあるフォルクスワーゲンの生産工場、そして首都ベルリンを幾度となく往復したという。

 

 

しかし、エンジンだけが注目すべき点ではない。リヤの分割窓がドイツでポピュラーな焼きたてのプレッツェル(パン)に似ているため“プレッツェルビートル”とも呼ばれている。

 

また、大量生産を前提としたプロトタイプとして製作された「VW 39」は、初めて導入された技術がいくつかあった。例えばプレス金型によるフェンダーとボンネットが使用されている一方、リヤセクションなどはその後の生産型とは異なる処理が残っているのも特徴だ。

 

 

3年の月日をかけてオリジナルコンディションにレストア

 

シャシーナンバー「1-00003」は、ツッフェンハウゼンのポルシェ工場をラインオフ後、当時の政府組織である「ドイツ労働戦線(the German Labour Front)」のベルリン本部まで運ばれている。しかし、その用途についてはほとんど明らかになっていない。 おそらく購入者に対する販売促進展示会などに使用されたと見られている。

 

この貴重な「VW 39」は、ハンブルクのプロトタイプ・ミュージアムの設立者であるトーマス・ケーニヒとオリバー・シュミットが5年前に購入。シャシーナンバー「1-00003」は、3年以上の月日をかけて初期フォルクスワーゲン・モデルのスペシャリストによる丁寧なレストア作業により、オリジナルコンディションに復元された。現在は手に入らない多くのコンポーネントがハンドメイドにより製作されており、ボディカラーも当時と同じニトロブラックにペイントされている。