アストンマーティン ヴァルキリーに初試乗? F1シミュレーターで体験

Red Bull F1 Simulator

レッドブル F1 シミュレーター

 

 

なぜF1シミュレーターでテストするのか?

 

F1チームのレッドブル・レーシング(RBR)が開発したドライビング・シミュレーターに“試乗”した。それもアストンマーティンの招きで。なぜ、こんなことが起きたのか? まずはその謎解きから始めよう。

 

アストンマーティンはRBRのタイトル・パートナーである。昔で言うところのメインスポンサーだ。ただし、アストンマーティンがRBRにお金を払って、RBRがマシンにアストンマーティンのロゴを掲げて「はい、おしまい」という簡単な関係ではない。むしろアストンマーティンにとっては、RBRとのもういっぽうの関わりである“技術的パートナーシップ”のほうがはるかに重要なはずだ。

 

 

今年のジュネーブショーで、アストンマーティンは間もなく登場するハイパーカーの「ヴァルキリー」、そのサーキット専用バージョンである「ヴァルキリーAMR Pro」、そしてヴァルキリーの弟分にあたる「AM-RD 003」、このAM-RD 003のさらに弟分にあたる「ヴァンキッシュ・ヴィジョン・コンセプト」を公開した。つまり、これまで手がけたことのないミッドシップ・スポーツカーを一気に4台もリリースしようとしているのだ。しかも、コンセプトも目的も異なるこの4台には内容が異なる様々なテクノロジーが採用されている。さらに、アストンマーティンはこれ以外にも初のSUV“DBX”やEV仕立てのラグジュアリーSUV“ラゴンダ”も並行して開発中だが、常識的に考えて、これだけのニューモデルを一度に開発できるはずがない。

 

 

そこで登場するのがRBRの関連企業であるレッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ(RBAT)である。RBRと協力して数々のF1マシンを開発してきたRBATの技術力は極めて高い。しかもアストンマーティンはヴァルキリーの開発でもすでにRBATと手を組んでいる。つまり、ヴァルキリーに限らず、そのほかのミッドシップスポーツでもアストンマーティンはRBATの協力を仰ぎ、彼らがF1で培ってきたノウハウを新たなロードカー開発に役立てることで、ニューモデルのパフォーマンス向上と開発効率の向上を一気に図ろうとしているのだ。

 

 

アストンマーティンのハイパーカー開発には欠かせない重要なテスト

 

そしてその中心にあるのが、今回、私が試乗したF1シミュレーターなのである。アストンマーティンでチーフエンジニアを務めるマット・ベッカーが語る。

 

「メカニックを含めると、アストンマーティンには開発部隊全体で300人近いメンバーがいます。かなり大きな組織ですが、それでも現時点で20以上のプロジェクトが進行しており、効率的な開発は非常に重要です。いずれにせよ、私ひとりですべてができるわけではないので、自分の周りにチームを作ることになります。そのチームに正しい人を迎え入れれば、彼らは非常にパワフルな仕事をしてくれるでしょう」

 

そんなベッカーがもっとも信頼するメンバーのひとりが、現在アストンマーティンでハイパフォーマンス・テストドライブの肩書きを持つクリス・グッドウィン。そう、およそ1年前までマクラーレンのテストドライバーを務めていたグッドウィンがヴァルキリーなどアストンマーティンのミッドシップモデルの開発に関わっているのだ。ベッカーが語る。

 

「クリスはヴァルキリー、ヴァルキリーAM Pro、AM-RD003、ヴァンキッシュなどミッドシップモデルの開発を担当しています。私がクルマを作り、彼がそれに乗ってテストを行います」

 

 

グッドウィンがその言葉を引き継いだ。

 

「私たちはいま、とてもタイトなタイムラインで3台のニューモデルを開発しています。これを実現するにはドライビング・シミュレーターが必要不可欠です。いまや世界中のすべての自動車メーカー、そしてF1チームがシミュレーターを活用しています。私たちのパートナーであるRBRも、もちろんシミュレーターを用いていますが、トップのF1チームだけにそのクオリティ、手法、細部へのこだわりは他チームを大きく凌いでいます。今年もF1シーズンが始まる前にバルセロナでテストが行なわれましたが、RBRはその数日前までシミュレーターを使った開発を続け、その結果に基づいてマシンを製作し、テストに挑みました。しかも、テストでも速く、そのままシーズンに突入してトップ争いをしている。それと同じシミュレーターを使って、私たちはヴァルキリー、003、ヴァンキッシュなどを開発しているのです」

 

シミュレータールームは20畳ほど

 

彼らのF1シミュレーターを体験するため、私はRBRの本拠地があるイギリス・ミルトンキーンズを訪ねた。RBRにとっても重要な開発施設なため、F1シミュレーターは彼らの心臓部といっても差し支えのない建物のなかで日夜、稼働しているのだ。

 

 

もっとも、実際にこの目で見たシミュレーター・ルームは思ったよりもコンパクト。日本風にいえば20畳ほどの広さだろうか。その中央に油圧シリンダーで支えられたステージがあり、その上にF1マシンを模したモノコックと、モノコックの周囲180度を囲む半円形のスクリーンが設置されている。飛行機のタラップによく似た7、8段ほどの移動式階段を使ってステージに上ると、私はモノコックのなかに身を沈めた。

 

「そう、まずは一度、シートの上に立って。あ、頭上にプロジェクターがあるので気をつけてね」とグッドウィン。「そうしたら両手でモノコックを掴んで足先をコクピットのなかに潜り込ませて。OK、じゃあ、ハーネスを締めよう」

 

メカニックの手助けを借りながら、F1と同じ6点式シートベルトで私の身体は締め上げられた。ただし、ヘルメットやグローブは不要。かわりにF1チームのエンジニアが使っているのによく似たヘッドセットを装着し、これまたF1と同じように着座してからステアリングを取り付けてすべての準備が整った。

 

 

「ステアリングの後ろにいくつかパドルがありますが、使うのは中央に取り付けられた左右のふたつだけ。あと、エンジン・ストールのメッセージを消すために左下のハンドクラッチ用レバーを使うけれど、その使い方はあとで説明しよう。準備はいいかい? OK、じゃあ、始めよう」

 

仮想上のモデルと比較

 

こうして、私のF1シミュレーター体験は唐突に始まった。

 

グッドウィンの説明によれば、この日、私が走るのはF1ベルギーGPの舞台であるスパ-フランコルシャン。“試乗”するマシンは2台で、1台はポルシェ911GT2 RSやマクラーレン・セナなど、世界でもっとも優れたスーパースポーツカーの要素を組み合わせて作った仮想上のクルマ。これを彼らは“リファレンスモデル”と呼んでいた。もう1台は開発中のヴァルキリーをモデリングしたもの。最初にリファレンスモデルに乗り、続いて“ヴァルキリー”に試乗して、その違いを感じ取るという趣向である。

 

 

もっとも、私はこの種のシミュレーターに乗った経験があまりない。むしろ、ほとんどゼロといっていいくらいだ。それでも2台の違いは明確に感じられた。端的にいってヴァルキリーのほうがサスペンションがよく動くので姿勢変化を認識しやすく、このため安心感が強い。ただし、アクティブ・サスペンションゆえにスプリングレートなどは大きく変化するようで、低速域でしなやかに動くいっぽうで高速域ではしっかりと踏ん張って無駄なボディの動きを抑えてくれる。

 

また、低速域で掴んだコーナリング限界の感触を高速コーナーにそのまま応用しようとしても、タイヤはなにごともなかったかのように安定してグリップを続け、まったく姿勢を乱さない。おそらくダウンフォースによって私の想像を超えたグリップ力が生み出されているのだろう。そして加速はまさに圧倒的。まるで本物のフォーミュラカーを操っているかのように、どこまでも軽々と加速していく。そうした様々な側面が一体となったヴァルキリーのシミュレーションモデルは、私がこれまで操ったどのクルマとも違っていた。

 

 

ロードカーしての条件はF1にも通ずる

 

そして、こんな疑問も浮かんだ。

 

F1マシンの開発で必要なのは絶対的なパフォーマンス。言い換えれば1000分の1秒でもラップタイムを削り取るサーキットでの速さだ。そこに快適性やドライバビリティが考慮される余地はない。しかし、たとえどんなに高性能だといってもヴァルキリーはロードカーであり、快適性や普段の使い勝手を無視するわけにはいかない。果たして、F1シミュレーターを使ってアストンマーティンが望むようなヴァルキリーは完成するのだろうか?

 

私が抱いたこの疑問に、RBATでビークルサイエンスの責任者を務めるジェイムズ・ナップトンは次のように答えた。

 

「私たちはF1マシンの開発でもドライバビリティを重視しています。今年は移籍してしまいましたが、昨年までチームに在籍したダニエル・リカルドがどんなオーバーテイクを見せ、マックス・フェルスタッペンがどのようなブレーキングを見せたか、あなたもご存じでしょう。いずれも、私たちがドライバビリティを重視してマシンを開発したからこそ、彼らは自分たちの能力を存分に発揮できたのです」

 

 

ヴァルキリーは買い物にも使えるほどの快適性をもつ

 

「ヴァルキリーは信じられないようなパフォーマンスを備えていますが、そのパフォーマンスはマックスのようなF1ドライバーだけが引き出せるものではありません」とグッドウィン。

 

「おそらくヴァルキリーを所有する多くのドライバーは、これと似たようなパフォーマンスを持つレーシングカーを走らせるときよりも、はるかに高いパフォーマンスを引き出せるはずです。これを実現するのが高度なアクティブ・サスペンションやアクティブ・エアロダイナミクスなどのテクノロジーです。いっぽうでヴァルキリーはワインディングロードを走っても楽しい。さらにいえば街中を走っても快適で、牛乳を買うために近所のお店に出かけるのにも使えるクルマです」

 

アストンマーティンが目指す理想のハイパーカーを作り出すため、今日もRBRのF1シミュレーターは走り続ける。

 

 

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)

Special Thanks/アストンマーティン・ジャパン(ASTON MARTIN JAPAN)