トヨタ「電動化技術に関する特許実施権の無償提供」の真相

2019/04/19 07:30

誤認識と誤報にもっとも驚いたのは、トヨタ自身

 

4月3日にトヨタ自動車が「ハイブリッド関連の特許を無償で提供する」と発表したのはまさに驚きだったが、それ以上に驚いたのは、今回の発表後にマスメディアの間で氾濫した“誤認識”や“誤報道”の数々だった。自動車メーカーにかなり近いはずのアナリストでさえ、自分の誤った理解と解釈をもとにビックリ仰天な持論を繰り広げているのをテレビや新聞で目にしたのも1度や2度ではない。私も報道の端くれに関わる身として同業者の批判は極力避けてきたが、ここまでひどいと目に余る。

 

 

実は、あまりに質の低い報道を見聞きしてもっともショックを受けたトヨタ自身だったらしく、発表の翌週には一部の報道関係者を招いて発表の真意を解説する異例の説明会を実施したほど。そこで、この説明会の内容に私が独自に取材した情報を付け加えて一本の原稿にまとめてみた。来るべき電動化時代に関する最新情報も盛り込んであるので、どうか最後までお付き合い願いたい。

 

EV技術はあっても発売しない理由

 

今回の一連の報道で驚いた理由は主にふたつ。ひとつは、トヨタがEV技術で後れをとっているという指摘が多かったこと。もうひとつは、今後の自動車界はエンジン車→ハイブリッド車(HV)→プラグイン・ハイブリッド車(PHV)→電気自動車(EV)/燃料電池車(FCV)と一本道で技術が進化していくと捉えている点にあった。

 

私はトヨタ・シンパでも何でもないが、トヨタほど高度な電動化技術を持つ自動車メーカーは世界中探しても滅多にない。そんな彼らだから、既存の製品と遜色のないEVを造るのはさして難しくないはず。にもかかわらずトヨタがまだEVを大々的に発売していないのは、ユーザーが本当の意味で選びたくなるEVを製品化できる土壌が整っていないと彼らが考えているからだろう。これにはいくつかの理由があるのだが、なかでももっとも重要なのはバッテリーに関するもの。これこそ本記事の柱になる話題なので、あとでじっくりと解説することにしたい。

 

 

いずれにしてもトヨタがEVを製品化できる技術力を有しているのは間違いないが、それとともにみなさんに理解していただきたいのは、前述したエンジン車→HV→PHV→EV/FCVという自動車の単一的な進化が絵空事に過ぎない点にある。もちろん、将来的にPHV、EV、FCVはさらに普及するだろう。しかし、今後は時代の移り変わりに伴ってひとつの種類の自動車が主役を担うことはなく、様々な種類の自動車が併存する世の中になると多くの公的機関や自動車メーカーが予想している。

 

今回、トヨタが「特許の無償提供」という、技術者から見れば“暴挙”といっても過言でない策に打って出たのは、まさにここに理由がある。つまり、自動車メーカーはEVやFCVなどのいわゆるゼロエミッションカー(ZEV)の商品化を急ぐだけでなく、エンジン車やHVなど従来型自動車のCO2削減にも引き続き取り組むことが求められているのだ。

 

 

20年に規制値をクリアできるのはトヨタを含めて3メーカーのみ

 

実際のところ、世界中の多くの国と地域がCO2の総量を規制する法律を施行している。なかでもヨーロッパは乗用車の規制値を2020年に95g/km、2025年に約81g/km、2030年に60g/kmに設定することを決めたばかり。燃費に換算すると、それぞれ24.4km/L、約28.7km/L、38.7km/Lに相当する厳しい内容だ(燃費はガソリンを燃料とする場合の計算値)。実は、ヨーロッパでの規制はすでに始まっていて、現在はCO2排出量の平均値を130g/km以下と定めているが、ここで全メーカーのトップに位置する低燃費を記録しているのがトヨタ。それどころか、2020年に90g/kmが導入されたときに規制値をクリアできるのは、トヨタを含めてたった3メーカーだけとも予想されているのだ。

 

 

ただし、そのトヨタにしても将来的な規制に対しては安閑としていられない事情がある。というのも、現行プリウスは2025年規制をクリアできるものの、2030年規制には届かず、現ラインナップでこれを通過できるのはプリウスPHVとMIRAIの2モデルだけというのだ。言い換えれば、2030年規制はトヨタが販売する全製品の燃費をプリウス並みにしてもクリアできないほど厳しい内容といえる。

 

 

CO2排出量がもっとも少ないトヨタでさえ通過が危ぶまれる2030年規制を、他メーカーはいかにクリアしようとしているのか? その内実は知る由もないが、EVやFCVなどのいわゆるゼロエミッション車(ZEV)が救いとなるのは間違いないところ。もっとも、現時点で130g/km規制をようやく通過している程度の自動車メーカーが、ガソリン車などに何の対策も施さず、ただZEVを追加販売するだけで2030年規制をクリアしようとするなら、全販売台数の30%をZEVにしなければならない。年産100万台のメーカーであれば30万台のZEVを売らなければいけない計算だ。絶対に不可能とは言い切れないものの、かなり高いハードルであるのは間違いない。

 

そこで浮上するのが自社製品のハイブリッド化による燃費改善策である。いうまでもなく、2030年規制の38.7km/Lという燃費は、純粋なガソリン・エンジン車で達成するのは事実上、不可能。そこでトヨタのようにハイブリッド・システムを搭載して燃費を稼ぎ、規制をクリアしようというわけだ。

 

 

状況を見据えて「特許無償提供」に踏み切ったトヨタ

 

この手法をいち早く採り入れたのがマツダだったが、彼らのアクセラ・ハイブリッドは残念ながら営業的な成功を収められなかった。しかし、今度はスズキが名乗りを上げたほか、まだ発表には漕ぎ着けていないものの、いくつかの自動車メーカーがトヨタのHV技術やFCV技術を求めてそのドアをノックしているという。

こうした状況を見据えて実施に踏み切ったのが、今回の「特許無償提供」だったのである。

 

もっとも、これだけだと他メーカーには得があってもトヨタに大した得はない。そこで各メディアは「トヨタが自分のところの得にならないことをやるはずがない。きっと、なにかよからぬ企みがあるはずだ」と邪推し、あることないことを書きたてたというわけである。

 

 

いうまでもなく、トヨタは今回の「特許無償提供」で“稼ごう”としている。実は、トヨタが手がけるハイブリッド・システムのTHSは、特許を無償で提供されたからといってすぐにコピーできるほど工作技術的に簡単な代物ではなく、基本的にはパーツをトヨタ(やデンソーなど)から購入し、車体とのマッチングに必要なサポートも受けて、ようやく製品として完成するものらしい。したがっていくら特許をタダにしても、部品の販売や技術的サポートで十分に売り上げは立つとトヨタは予想しているのである。ちなみに、現時点で7社を越すメーカーから引き合いがあり、これによって数百億円程度の売り上げが見込めるそうだ。つまり、妙な悪巧みをしなくとも、今回の「特許無償提供」はまっとうな商売として成立する話なのだ。

 

 

といっても、年間30兆円を売り上げるトヨタにとって数百億円は0.1%にも満たない小さな“商い”。そのために、伝家の宝刀ともいえる特許を無料で差し出す(といっても実際には誰でも自由に使えるわけではなく、実施条件を協議したうえで契約を結んで、ようやく利用できることになる)とは信じがたい。トヨタの本当の意図は、どこにあるのか?

 

財政的なリスクを仲間の間で分散するのが目的?

 

ここからは私の推測だが、おそらくトヨタは仲間を増やしたいのだろう。

 

先ほど、今後の自動車市場はエンジン車、HV、PHV、EV、FCVなどが混在すると述べた。つまり、エンジン車、HV、PHVなどは今後も生き延びるが、EVやFCVの普及に伴ってそのシェアは確実に減少することになる。そのいっぽうで、将来的な燃費規制に対応するには、エンジン車、HV、PHVなどの改良にも取り組まなければいけない。ということは、大して売れるわけでもないクルマのために高価な新技術を投入しなければいけないことを意味する。これが現在の自動車メーカーを悩ます大きな問題になっていると、とある関係者は私に教えてくれた。

 

これから伸びゆく市場ならまだしも、これから萎みゆく市場に投資しろと言われても、自動車メーカーとしては力を入れにくい。そこでトヨタは、THSという共通の技術を採用する自動車メーカーを増やし、その生産や開発に伴う財政的なリスクを仲間の間で分散しようとしているのではないか? これが今回の特許無償提供に関する、私の第1の推測である。

 

バッテリーの安定供給を重視

 

では、私の第2の推測とはなにか? こちらも仲間作りが目的であることには変わりないが、もう少し長いスパンで物事を捉えたストーリーとなる。

 

これまでトヨタがEVを大々的に発売しなかった最大の理由はリチウム・イオン・バッテリーの供給や性能に関してトヨタ自身が絶対の自信を抱けなかったからだと私は考えている。いまや中国や韓国で大量に生産されているリチウム・イオン・バッテリーだが、彼らから本当に安定した供給を受けられるのだろうか? 価格の変動はどうか? 新品時の性能もさることながら、5年、10年と使用した後の経時変化はどうなのか? 新技術が登場したとき、彼らはそれに迅速に答えてくれるだろうか? そういったところまで考えたときに、EVのまさに心臓部というべきバッテリーの供給を安心して委ねられるサプライヤーが存在しなかった・・・。私は、トヨタのEV商品化が遅れた最大の理由はここにあったと見ている。

 

そうした状況が変わったのが、2017年にパナソニックと始めたEV用バッテリー事業の協業に関する検討作業だった。言葉としてはかなり遠回しだが、EV用バッテリーを両社が共同で開発・生産する話はこの段階で実質的にスタートしていたはず。しかも、トヨタはこれと前後してEVの発売計画を初めて具体的に発表したのだから、彼らがバッテリーの安定供給をいかに重視していたかがわかる。

 

ただし、今後世界中の自動車メーカーが続々とEVを発売し、世界中でバッテリーの生産量が飛躍的に伸びたとき、現在は車載用バッテリーの生産で世界最大とされるパナソニックの地位が危うくなる可能性もゼロとはいえない。そのときに重要になるのは、同じ仕様のバッテリーを使ってくれる自動車メーカーの存在である。つまり、かりにトヨタ一社ではパナソニックの立場を支えきれなくとも、複数社が集まればトップの座を守り通せるかもしれない、というわけだ。トヨタが特許を無料提供し、今後ますます重要となるハイブリッド技術を他メーカーに供与するのは、「100年に一度」といわれる自動車の大変革期を乗りきるためのアライアンス作りにある。そう考えると特許の無償提供もすんなり腑に落ちると思うのだが、いかがだろうか?

 

 

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)