「メルセデス・ベンツの挑戦」数々の記録樹立により革命を起こしてきた歴史

2019/04/30 17:55

Mercedes-Benz C111-IV

メルセデス・ベンツ C111-IV

 

 

125年の歴史に並ぶ栄光の結果と記録たち

 

125年にわたるメルセデス・ベンツのモータースポーツの歴史には、驚くべき特別な成功が数多く含まれている。そして、同時に数えきれないほどの世界記録の達成もレースにおける勝利と同じようにメルセデスの伝統の一部だ。これらの成果は、メルセデスのモータースポーツ部門の優秀性と、技術的なアドバンテージを証明してきたと言えるだろう。

 

 

ヨーロッパ初の最高速度200km/h突破

 

21.5リッター4気筒エンジンを搭載した「ベンツ200hp」は、初の最高速度200km/h突破した自動車となった。ビクター・ヘメリーがこのクルマをドライブし、1909年にイギリスのブルックランドにおいてヨーロッパで初めて200km/hの壁を破った。ヘメリーに続く形で、北米ではさらに多くの記録が樹立され、この時代の最速の陸上車両は航空機よりもさらに高速だった。「ベンツ200hp」は「閃光のベンツ(Lightning Benz)」という称号まで与えられている。

 

 

世界初のミッドシップレーシングカー

 

1922年、大胆な空力処理が施されたティアドロップ(水滴)型ベンツが、世界初のミッドシップレイアウトのレーシングカーとなった。このマシンは、1923年に開催されたヨーロッパ・グランプリに投入され、4位と5位でレースを走りきっている。

 

 

“シルバーアロー”「W125」が手にした結果と記録

 

1930年代の最も成功したレーシングカーは、同時に偉大な記録も刻んでいる。グランプリにおいて数々の勝利をもたらした「W125」は、公道における地上最高速記録更新を狙い、直列8気筒からV型12気筒エンジンを変更。1938年1月28日にルドルフ・カラツィオラのドライブで、432.7km/hの記録を達成した。この記録は、その後約80年間破られることはなかった。

 

 

ナチ党が「T80」で狙った幻の世界速度記録更新

 

1937年、アドルフ・ヒットラーは国威発揚を狙い、ドイツにおいて自動車の世界最高速記録を達成しようと目論む。その結果誕生したのが、フェルディナント・ポルシェが設計を担当し、メルセデスが製造したのが6輪を持つ「メルセデス・ベンツ T80」だ。

 

 

航空機用のV12気筒「DB603」をミッドに搭載した「T80」だが、第二次世界大戦の戦況悪化により記録アタックが行われることはなかった。「T80」は現在も搭載されていた「DB603」とともに、メルセデス・ベンツ・ミュージアムに展示されている。

 

 

8カ月の開発期間で得た「W165」驚きの勝利

 

1939年に開催された「トリポリ・グランプリ」に参戦すべく、開発された「W165」。1.5リッターV型8気筒エンジンが搭載されたこのレーシングカーは、わずか8ヵ月という短い設計・開発期間だったにも関わらず、ヘルマン・ラングがチームメイトのルドルフ・カラツィオラを従えて、見事1-2フィニッシュを達成している。

 

 

市販化断念も数々の記録を更新した「C111」

 

1969年、市販を目指して開発されたスーパースポーツ「C111」は、当初ミッドシップに3ローターロータリーエンジンを搭載していた。その後、1976年に発表された「C111-IID」では、エンジンを3.0リッター直列5気筒ターボディーゼルにスイッチ。

 

1978年に発表された「C111-III」はエアロダイナミクスを考慮し、大幅にボディデザインが変更される。そして、1979年の「C111-IV(写真)」ではエンジンが4.8リッターV型8気筒ツインターボとなり、イタリア・ナルドのテストコースに持ち込まれ、400km/hを突破。複数個の世界速度記録を樹立している。

 

 

DTM参戦に先立ち「190E 2.3-16」が5万kmを走破

 

1983年、「190E 2.3-16(W 201)」は、イタリア・ナルド高速周回路にて5万kmの連続走行速度記録に挑戦。平均速度247km/hを記録し、2万5000km、2万5000マイル、5万kmなど、9部門のFIA公認記録を樹立。その後「190E 2.3-16」をベースにしたレーシング仕様がDTMに投入され、こちらでも数々の勝利を打ち立てることになる。

 

 

イルモアとの協力で生まれたインディ用エンジン「5001」

 

1993年、北米での販売量増加を狙うメルセデス・ベンツは、「CARTシリーズ」への参戦をスタートする。イルモア・エンジニアリングの協力により開発された3.4リッターV型8気筒「メルセデス・ベンツ 5001」エンジンが、ペンスキーPC23に搭載され、翌1994年の「インディ500」でアル・アンサーJr.が優勝を手にした。その後、レギュレーションの変更が幾度となく行われるが、「5001」は改良を加えながらも使われ続けた。

 

 

「Eクラス」による30日間の連続走行記録

 

2005年、テキサス州ラレドのテストトラックにおいて、無改造の「E320 CDI(W211)」による、30日間連続走行テストが行われた。10万マイルの耐久記録をはじめ、いくつかの世界記録を樹立。改めてメルセデス・ブランドの信頼性の高さを証明した形だ。

 

 

市販EVとして初めてノルトシュライフェで8分を切る

 

2013年、EV仕様の「SLS AMG エレクトリックドライブ」が、ニュルブルクリンク・ノルトシュライフェ(北コース)でタイムアタックを敢行。EV車両によるそれまでの記録を大きく更新する、7分56秒234を叩き出した。EVスーパースポーツとして、ノルトシュライフェにおいて初めて8分を切ることに成功した。

 

 

ディーゼル無改造部門で「C300d」が新記録

 

2015年の「パイクスピーク・ヒルクライム」において、無改造の「C300 d 4MATIC(W 205)」がクラス優勝を達成する。ドライバーを担当したのは、WRCで活躍した経験を持つドイツ人のウーベ・ニッテル。標高1400mを超える全長19.99kmのコースを11分37秒で走り切った。この記録は市販・無改造ディーゼル車両の新記録となった。

 

 

人間の力で200km/hの世界へ到達

 

最後に例外をひとつ。ロードレーサーのホセ・メフレが、1962年に先導車の「300 SL」“ガルウィング”の後方を走ることで、スリップストリームに入り、200km/hに到達した。これは「ベンツ 200hp」がガソリン駆動の自動車として200km/hに到達してから、半世紀後に人間の力で200km/hの世界に入ったことになる。