ポルシェ初のル・マン優勝車「356/2-063」が辿った数奇な運命

2019/07/15 11:55

Porsche 356/2-063

Porsche 356/2-063

ポルシェ 356/2-063

 

 

ダークレッドの「356」が秘めていたヒストリー

 

今回紹介するキャメロン・ヒーリーは、非常に珍しい「356 SL」を再発見した男である。この「356 SL」こそ、ポルシェがル・マン24時間レースで初めてクラス優勝を果たしたマシン「356/2-063」そのものだった。これはダークレッドとシルバーのボディを持ったポルシェの数奇なストーリーだ。

 

誰もがキャメロン・ヒーリーに同じ質問をする。「このクルマは本物なのか?」「スパイダーに改造した時の奇妙な裏話とは?」。細身で高身長のキャメロン・ヒーリーは、落ち着いた声でいつも同じように答えている。

 

2009年、キャメロン・ヒーリーはアルミニウム製でルーフのないダークレッドの「356」に一目惚れして購入した。このクルマは1957年以来、カリフォルニアのチャック・フォージが所有。ポルシェ・アウトローのロッド・エモリーがレストアを手がけた時、この「356」が最初期の個体であり珍しいヒストリーを持っていることが明らかになった。ダークレッドのボディカラーの下に、彼らは何を発見したのだろうか・・・?

 

Porsche 356/2-063

ポルシェ 356/2-063

 

グミュントで製造されたアルミニウム製「356」

 

1948年、ポルシェの名を冠した最初のスポーツカー、オーストリア・グミュントで製造された「ポルシェ 356 No.1 ロードスター」が登場する。グミュントでは52台のアルミニウム製クーペとコンバーチブルが製造され、1949年冬にポルシェはシュトゥットガルトに拠点を移すことを決定した。

 

シュトゥットガルトにおいて「356」はスチールで製造されるようになる。しかし、軽量ながらも製造工程が複雑なアルミニウム製のグミュント「356」が未完成のボディのまま残っていた。何台かのアルミニウム製「356」が1950年にタトラで組み立てられ、その後ポルシェに納品された。その中には「356/2-063」も含まれていた。

 

Porsche 356/2-063

ポルシェ 356/2-063

 

1951年のル・マン24時間でクラス優勝

 

1950年のパリ・モーターショーでは、翌年のル・マン24時間レース参戦を目指したアルミニウム製「356」がセンセーションを起こすことになった。まだ生まれたばかりの若いスポーツカーメーカーが、世界一厳しい耐久レースにワークス参戦するというのだ。

 

ル・マンを目指して製作された「356 SL」はテスト中の事故で3台が失われてしまった。それでもポルシェは歩みを止めず、1951年6月23日にゼッケン46を掲げたオーギュスト・ヴェイエ/エドモンド・ムーシュがドライブする「356/2-063」はル・マン24時間レースのスタートをきった。46号車は時計のように正確なラップを刻み、158周目には5分44秒7のベストラップを記録。平均速度141km/hで走り切り、総合20位、1500cc以下のクラスで優勝を達成した。

 

ポルシェ 356/2-063

キャメロン・ヒーリー(写真左)とロッド・エモリー(同右)

 

様々なレースで使用された後、アメリカへと輸出

 

2カ月後「356/2-063」は強力なライトポッドを装備し、リエージュ-ローマ-リエージュ・ラリーに参戦して10位で完走。さらに10カ月後にはモントレーで行われた記録会に参加して3つの国際記録を樹立している。その後3台の「356 SL」が修理・再塗装されアメリカへ輸出された。現在「356/2-054」はメキシコにあり、「356/2-055」はコリア・コレクションが所有。そしてもう1台を所有しているのがキャメロン・ヒーリーという訳である。

 

「最初は信じられませんでした。でも、すべての証拠がこのクルマは『356/2-063』だと示しているのです」と、キャメロン・ヒーリーは肩をすくめる。そして、レストアを担当したロッド・エモリーが証拠を挙げてくれた。パネルに残された擦り傷、ウィンカーを移動させた痕跡、そしてホイールカバーに残された僅かな損傷。これは歴史的なル・マン24時間の写真でも確認できる。

 

Porsche 356/2-063

ポルシェ 356/2-063

 

1981年のレストアでダークレッドに変更

 

「356/2-063」はアメリカのディーラー、マックス・ホフマンに売却後、ジャック・ラザフォードが購入。その後、再びホフマンが買い戻した。次のオーナーはジョニー・フォン・ニューマン。1952年、ニューマンはレースで使用するためのさらなる軽量化を求めた。彼はルーフの撤去をコーチビルダーのエミル・ディーデットに依頼。以降、様々なオーナーを経て最終的にチャック・フォージが手に入れた。彼もそれまでのオーナーと同様にレースで使用し、1981年にレストアを決める。

 

「356/2-063」はオリジナルの状態ではなく、当時のレストアの定石であったシックな外観が与えられることになった。この点については誰も文句を言うことはできないだろう。それがこの時代は当たり前だったのだ。

 

キャメロン・ヒーリーが最初にこのクルマに出会った時、かつてレースに参戦した痕跡は小さなロールオーバーが装備されていたことくらいだった。キャメロン・ヒーリーは幾度となくチャック・フォージと連絡を取っており、彼が2009年に亡くなった後、このクルマを受け継いだ。

 

Porsche 356/2-063

ポルシェ 356/2-063

 

ダークレッドのボディの下に隠されていた真実

 

レストアを依頼されたロッド・エモリーは、このクルマの矛盾点にすぐ気がついた。キャメロン・ヒーリーはツッフェンハウゼンの古い資料を調べ、このクルマがル・マンに参戦した「356/2-063」そのものであることが明らかになった。ロッド・エモリーは他の2台の「356 SL」をレーザー測定器で調べ、正確な木型を製作。当時のルーフを再現して装着した。そして「356/2-063」はキャメロン・ヒーリーと共に新たな歴史を刻むことになったのである。

 

キャメロン・ヒーリーは今もハイウェイでこの貴重なクルマでのドライブを楽しんでいる。そして、ポルシェ・ファンからの質問に常に笑顔で答えている。今までも、そしてきっとこれからも。