レクサス30年の軌跡「温故知新はてごわい」【渡辺慎太郎の独り言】

2019/07/30 17:55

慎太郎の独り言_レクサス30

レクサス成功の秘密とは

 

英語なんかロクにできないくせに若気の至りでアメリカの大学へ進む道を選んでしまい、それはもうエライ目に遭ったのだけれど、なかでもいわゆる“卒論”に相当する最終課題には頭を抱えた。

 

国際経済を専攻していたので、その分野から自分で研究課題を決める。それを文章でまとめるだけなら時間をかければどうにかなったかもしれないが、やっかいなのはそれをクラスメイトの前でプレゼンしなければならないことだった。プレゼン後の質疑応答では、先生やクラスメイトが意地悪な質問をするのが恒例で、ここでグダグダな対応をしてしまうといい点数がもらえないのである。

 

小賢しい自分は、この質疑応答をどうにかうまいこと切り抜ける方法はあるまいかとひっちゃきになって考えて、彼らが見知らぬお題を選べば突っ込んだ質問は出てこないし、出てきたとしても適当に答えたところでそれが本当に正解がどうか彼らには分からないだろうと思い付く。時は1989年。奇しくもレクサスがアメリカ市場参入を果たし、アキュラとインフィニティと共に三つ巴の戦いに発展、あっという間にCS(顧客満足度)でトップを奪取した年だった。

 

レクサス_マイルストーン2019_1990_LS400_走り

 

笑顔と美味しい珈琲と封筒入りの分厚いカタログと

 

そこで「レクサス成功の秘密―アキュラ/インフィニティと何が違うのか?」をテーマにして、それっぽいロジックを組み立ててプレゼンしたところ、予想通りに意地悪な質問はほとんど出ず、彼らを煙に巻いてどうにか合格点をゲットした。

 

その卒論らしきものはおそらく家のどこかにあると思うけれど探すのはかなり面倒くさいし、だいたい今あらためて読んだらきっと顔から火が吹き出るに違いない。でも、どんなことを書いたのかはうっすらと覚えている。端的に言うとキーワードは「特有性」で、それを販売面と商品面からまとめた。

 

その当時、自動車ディーラーはアメリカ人がもっとも行きたくない場所の堂々第1位にランクインするほどの空間だった。そこは「どうしても欲しいなら売ってやってもいいぞ」という、セールスマンの威圧的かつ傲慢な態度に占拠されていたからだ。ところがレクサスのディーラーは違った。

 

「なんとなく店内に入ってみたらすぐにセールスマンが笑顔で迎えてくれて、コーヒーカップに注がれたおいしいコーヒーが出てきて、帰り際には頼んでもいないのに分厚いカタログを封筒に入れて手渡ししてくれたんだぜ!」。これはレクサスディーラーに行って、その時の体験を興奮気味に話してくれた友人の実話である。日本ではきわめて当たり前の「お客様は神様です」的な客あしらいが、アメリカではあり得ないことだった。

 

ちなみに自分がフォードのディーラーに行った時は、店内に入っても誰も寄ってこず(入店したことは確認している)、もちろんコーヒーなんか出てくるはずもなく(セルフサービスの紙コップとコーヒーはあった)、カタログをくださいと頼んだらA4サイズのペラ1枚をじかに手渡された。これならレクサスがCSで高得点を獲得するのも頷ける。

 

レクサス_マイルストーン2019_1990_LS400_走りリア

 

ドイツメーカーがベンチマークにした初代LS

 

商品面では、初代LS(日本名:セルシオ)の品質の高さがお客のみならず、欧州の高級車メーカーを震撼させた。特に生産技術と静粛性は当時の標準的レベルをはるかに上回り、日本車が初めて本格的に欧州勢のベンチマークとなったモデルでもあった。

 

1991年に登場したメルセデス・ベンツのSクラス(W140)はサイドウインドウがガラスを2枚重ね合わせた構造になっていたが「こうしないとレクサスLS同等の静粛性が実現できなかった」とエンジニアが思わず本音を吐露したことを覚えている。

 

販売面と商品面での「圧倒的な上質感」がレクサスの「特有性」として瞬く間に認知され、それがブランドイメージにもなったし、アキュラやインフィニティとの差別化にもなった。そんなことを書いてプレゼンしたように記憶している。質疑応答でクラスメイトのひとりが「レクサスとトヨタは別の会社なのか」と手を挙げた。アメリカでレクサスが成功した理由のひとつには、トヨタとレクサスを別会社だと思っている大衆が多かったというのもあると思う。

 

日本人は誰でも「どっちもトヨタ」と知っているから、バッジを変えただけとかプラットフォームや部品の共有などに嫌悪感を抱く方も中にはいらっしゃるだろうけれど、アメリカではそれがなかったので「新しい日本製高級車ブランド」としてすんなりと受け入れられたのではないだろうか。

 

日本でのレクサスブランド展開は2005年からだが、北米は1989年なので、レクサスは今年30周年を迎えたことになる。「レクサス・マイルストーン2019」は30周年を機にコスタリカで開催されたイベントで、新旧のレクサスの乗り比べが出来るという趣向だった。

 

せっかくの30周年なのに「アニバーサリー」とか「記念」という言葉をあえて使わないところがなんともレクサスらしい。「まだたった30年の若いブランドなので」とあくまでも謙虚なのである。

 

レクサス_マイルストーン2019_LS2台

 

あらためて眺めてみた初代LSのスタイリングは、とても端正で上品だと思った。余計なラインが少なく断面形状もスッキリとしている。隣に現行のLSを置いて比べてみると(最近のレクサスデザインは全般的に)あれもこれも加えていった“足し算”のように見えるが、初代LSは余計なものを削ぎ落としていった“引き算”のデザインに映った。

 

インテリアデザインにも、エクステリアの「端正で上品」な雰囲気がうまく引き継がれている。メカニカルスイッチの多さに時代を感じるけれど、それぞれが整理整頓されていて直感的に「この辺かなあ」と手を伸ばしたところに欲しいスイッチがちゃんとある。静的/動的質感にも統一性が感じられて、とても居心地よく感じられた。

 

静粛性は、計測機器を使って測ったらおそらく現行LSのほうがずっと優秀な数値なのだろうけれど、初代LSに初めて乗って衝撃を受けたあの“静粛感”みたいなものは残っていて、いまでも十分通用する静粛性が保たれていた。つまり、やっぱり初代LSの静粛性は半端なかったということがあらためてわかった。

 

レクサス_マイルストーン2019_1990_LS400_インパネ

 

ハンドリングに関してはさすがにちょっとアレだった。操舵応答性がやや曖昧だったり、ターンインから旋回姿勢が整うまでの過渡領域でのつながりがイマイチだったり、ステアリングインフォメーションの少なさなどは当時から言われていたことだが、いまでも直進安定性は悪くないし、乗り心地は「いい」という範疇に入るレベルのものだった。

 

自然吸気の4リッターV8は相変わらず振動が少なくスムーズに高回転まで吹け上がり、オートマチックトランスミッションはギヤ比が適切でエンジンとのマッチングもよろしく、4段でもまったく不都合はなかった。

 

レクサス_マイルストーン2019_1996_SC400_フロント_走り

 

この他にもSC400(1996年型)、GS300(1993年型)、RX300(2003年型)も試した。SCはグランドツアラーを名乗るのにふさわしいゆったりとした乗り味で、個人的には試乗車に装着されていた「Nakamichi」のオーディオのロゴに郷愁を感じてしまった。

 

レクサス_マイルストーン2019_2003_RX300_走り

 

RX300は思っていたよりもずっと静粛性が高く感心したが、今回のダークホースはGS300だった。LSやSCはほぼ想像通りだったものの、GS300は塊感があってドライバーの入力に対する反応も極めて自然かつ従順で、「こんなによかったかなあ」と自分の記憶と照合するのに手間取った。

 

レクサス_マイルストーン2019_1993_GS300_置きリア

 

現行のレクサスにあるものと、ないもの

 

いにしえのレクサスたちの試乗を終えて、ふたつのことがもっとも印象に強く残った。

 

ひとつは経年劣化の少なさである。もちろん、試乗会のために徹底的にレストアされた個体ではあるけれど、構造的にいじれないボディやシャシーが想像以上にしっかりしていたし、エンジンやトランスミッションも快調そのもので驚いた。同年代の他の日本車と比べても、おそらくどのレクサスも経年劣化は著しく少ないと思われる。

 

レクサス_マイルストーン2019_集合

 

もうひとつは、現行のレクサスよりも、各車が共通の雰囲気や乗り味を持っていたという事実。つまり、レクサスの味が明確だったのである。静粛感や上質感が、LSでもSCでもGSでもRXでも同じように揃っていて、どれに乗っても「レクサスをドライブしている」と容易に実感できた。

 

それと引き替えに、操縦性などに改善の余地は大いにあったのだけれど、現行のレクサスにもっとも欠けている部分をご先祖さまはきちんと備えていたのである。

 

おそらく、レクサスの現役エンジニアたちが昔のレクサスに試乗したら、自分と同じような感想を抱くことだろう。そして口々に「初代LSいいですね」「RX悪くないなあ」と評価するに違いない。しかし、彼らが旧型を評価すればするほど「じゃあこの30年間、自分たちはいったい何をしてきたのか」と、彼ら自身のクビを締めることになるというのはなんとも皮肉な話である。