なぜレクサスは高級ヨットを売るのか。渡辺慎太郎が乗ってわかったその狙い【レクサスLY650乗船記】

LY650のサイドビュー左舷

LEXUS LY650

レクサス LY650

 

 

トヨタとヨットの深い関係

 

レクサスがヨット(日本でヨットというと帆で風を受け止めながら大海原を悠々と行くイメージだけれど、いわゆるプレジャーボートでも「ヨット」と呼ばれる場合がある)を発売すると聞いて「なんで?」と思う方もいらっしゃるに違いない。でもその理由や背景を知れば「なるほど」と、とりあえず腑に落ちることだろう。

 

LY650のサロンイメージ

サロン内は、船首方向に操舵席およびソファを、船尾側にギャレーを配置

 

トヨタ自動車株式会社には1997年に設立された「マリン事業部」と呼ばれる部署があって、現在は“トヨタマリン”のブランド名で「PONAM-28V」「PONAM-31」「PONAM-35sw」の3艇の販売を行っている。トヨタにとってマリン・ビジネスは“素人の初参入”ではなく、そこそこの経験と実績がある領域なのである。そしてレクサスがマリン事業に乗り出す理由について、レクサス・インターナショナルの澤 良宏プレジデントはこのように説明した。

 

「レクサスは北米での展開を始めて今年で30年を迎えることができました。ただ、創業100年を超えるいくつもの競合メーカーと比べると、歴史という観点では到底及びません。それでも今後も同じマーケットで戦っていくには、彼らとは異なる何らかのアプローチが必要です。単なる自動車ブランドではなく“ライフスタイルブランド”としてレクサスを育てていますが、ヨットを発表させていただいたのも、ライフスタイルブランドとしてのポジションをより強くするためです。例えばマリーナまでレクサスLCをドライブし、そこでLY650に乗り換えると、デザインや機能性や乗り味や雰囲気などにきっと“共通項”のようなものを感じていただけると思います。私たちが考えるライフスタイルブランドとは、そういうことなのです」

 

開発にあたっては、アメリカの「Marquis Yachts(マーキー ヨット)」と共同で行い、インテリアはイタリアのヨットデザイン会社「Nuvolari Lenard(ヌヴォラーリ レナード)」とタッグを組んだという。正直に言うと、自分はヨットに関してほとんど門外漢であり、付け焼き刃的勉強をしながらこの原稿を書いているので、「コイツほんとはよく知らないな」とその筋の方にはお見通しかもしれないので、先に懺悔しておきます。で、ヨットオーナーである知人の説明によると、「マーキーはカーバーというメーカーの高級仕様で、フォードとリンカーンのような関係に似ているかもしれません。アメリカを代表する高級ブランドです」とのこと。分かりやすい例えで助かった。

 

LY650の舵

ボルボIPSは専用の操縦システムを採用しており、操舵はステアリングでもジョイスティックでも可能

 

操舵機構は「ステア・バイ・ワイヤ」

 

パワートレインは“ボルボ・ペンタIPS1050”が標準(オプションでIPS1200、IPS1350も選択可能)。12.8リッターの直列6気筒ディーゼルエンジンはツインターボを装備し、これを2基搭載する。

 

通常の船はシャフトが後方に伸びてその先にスクリューがあり、進行方向を定めるための舵が別に存在するが、ボルボのIPSシステムはシャフトが前方に向かって伸びていて、その先にふたつのプロペラが装着されているだけでなく、プロペラシャフトと舵が一体になっているので、舵が向きを変えればプロペラもそれに追従するようになっている。

 

LY650のサロンイメージ

操舵席にはタッチ操作が可能なインストルメントパネルを設置。マークレビンソン・サラウンド・サウンドシステムも採用した

 

ちなみに船の操縦者は「操舵手」と呼ばれ、操舵手が舵を切ることを「操舵」と言い、「プロペラシャフト」なんて構造名まで出てくると、自動車用語の語源とはつくづく船に由来しているのだなとあらためて思ってしまった。

 

前述の知人は「トヨタマリンの船はトヨタ製のオリジナルエンジンを積んでいるのにレクサスはボルボ製というのが残念」と漏らしていた。トヨタ製ユニットを使わなかった理由を関係者に聞いたところ、65フィート級の船ではトヨタ製のエンジンだと出力が足りず、今回は耐久性があって信頼性の高いボルボ製を使うことにしたそうだ。ボルボIPSは専用の操縦システムも有しており、操舵はステアリングでもジョイスティックでも可能。つまりステア・バイ・ワイヤである。

 

LY650のマスタールーム

サロン階下にはベットルームを3部屋設置。それぞれに専用のシャワールームを完備する

 

トヨタ生産方式で生産品質を向上

 

 

全長は19.94m、全幅は5.76m。重量や空力などを考慮すると全幅はなるべく抑えたいそうだが、LY650は通常の65フィート級の船体よりも幅が広いのが特徴。クルマのボディシェイプのようにある程度のボリューム感を持たせるには、どうしてもこれくらいの全幅が必要だったという。

 

キャビンサイドの大きなウインドウにはモールが装着されているが、この曲線はLCのボディサイドのシルエットがモチーフになっている。2トーンカラーはオプションで、船体に使われる塗料としては珍しいメタリックも用意されている。耐候性や耐水性などの観点から、メタリックカラーは敬遠されがちだそうだが、塗装前の研磨工程から熟練した職人の技を投入するなど、高い塗装技術がそれを可能とした。

 

船底とブリッジ上部にはCFRPを、その他の部分にはGFRPを多用することにより、軽量化と高剛性を両立させた船体を設計。生産はMarquis Yachtsが担当するが、TPS(トヨタ生産方式)を導入することで効率化と品質向上に取り組んだという。燃料タンク容量は4012リッター、清水タンク容量は852リッターで、総重量は3万3339kg。燃料タンク容量や総重量は、自動車の常識からするととてつもない数値だが、このサイズのヨット(これでもまだ小型艇らしい)としては軽量で燃費もいいほうだという。

 

LY650のディテール

サイドウインドウ上部やL字型エアインテークに、レクサス車を思わせる金属製の加飾パネルをあしらう

 

優れた静粛性と操舵レスポンス

 

発表試乗会はアメリカ・フロリダ州のマイアミ北部周辺で開催された。試乗会といっても操縦はできないので、今回は同乗試乗である。ハリケーン襲来の直後だったことなどもあり、外洋には出ず、主に運河を40km/h前後で航行するルートが選ばれた。

 

LY650は“Lower Level”“Main Level”“Bridge Level”の3階建て構造となっていて、上から操縦席、操縦席+リビングルーム+キッチン、3ベッドルームという“間取り”である。この種のヨットはたいていの場合、オーナーの要望が色濃く反映されるので、いわゆる“つるし”の状態で購入される方は極めて少ないという。試乗した1艇もじつはすでに顧客が付いており、彼のオーダーに沿った仕様になっていた。

 

LY650のフロアプラン。ブリッジ・レベル

LY650のフロアプラン。ブリッジ・レベル

LY650のフロアプラン。メイン・レベル

LY650のフロアプラン。メイン・レベル

LY650のフロアプラン。ロワー・レベル

LY650のフロアプラン。ロワー・レベル

 

艇内の雰囲気はひと言で表現するなら“豪華”なのだけれど、同時に建て付けの良さというか、生産技術の高さがそこはかとなく伝わってくる。ヨットは場合によってクルマ以上の入力を受けることがあり、大入力による振動が艇内の家具などの取り付け剛性に悪影響を及ぼす。経年変化でところどころから音がすることも珍しくないそうだが、実際にLY650の取り付け精度と剛性はかなり高いらしい。こういう質感は、明確に視認できるものではないものの、なんとなく伝わってくるものである。

 

LY650のシート

広大なウインドウが四方を囲むLY650のインテリアは、とても明るく開放的

 

窓の面積が広く数が多いのもLY650の特徴のひとつ。ベッドルームに隣接するバスルームにも窓が設けられていて、Lower Levelとはいえ日差しが降り注ぎ明るく開放感のある空間になっていた。ちなみに3つのベッドルームはひとつが主寝室、ひとつがゲストルーム、もうひとつが同船するスタッフ用とのことで、それぞれに専用のバスルームが設けられている。

 

操縦が出来ないので、操舵手にLY650の印象を聞いてみた。

 

「舵を切ってから船体が向きを変えるまでの時間が、一般的なこのクラスのヨットよりも短いですね。操舵に対するレスポンスがいいと思います。今日はあまりスピードを出していませんが、それでもエンジン音が想像していたよりも聞こえてこない。静粛性も高いと思います」

 

操舵レスポンスがよく静粛性が高い。彼のインプレッションが本当なら、レクサスのクルマ作りと同じベクトルを向いて設計開発され、それが実現していることになる。

 

LY650のリアビュー

通常、耐候性や耐水性の観点からあまり利用されないメタリックのペイントカラーも用意。塗装前の研磨工程で熟練職人の手間をかけることで高い塗装品質を実現したという

 

試乗を終えて桟橋に降りると、サプライズで迎えてくれたのは豊田章男社長だった。その後のカンファレンスでは、メディアからの質問にひとつひとつ丁寧に答えてくださったが、印象的だったのは彼のこんなひと言だった。

 

「僕みたいな立場になると、完全なプライベートな時間というものがほとんどないんです。LY650で大海原に乗り出して、デッキの先で何も考えずにゴロッと寝転んでみたらさぞや気持ちいいだろうと、想像するだけでワクワクしてきます。皆様には今日、ご試乗いただきましたが、実は僕はまだ一度も乗っていないんです(笑)。羨ましい!」。豊田社長の本音と誠実な人柄が垣間見えた瞬間だった。