最終にして最強のP400 SV ミウラ。そして“J”との関連性(1970-1971)【ランボルギーニ ヒストリー】

ランボルギーニ・ミウラSVのフロントスタイル

Lamborghini P400 SV Miura

ランボルギーニ P400 SV ミウラ

 

 

伝説の“J”からP400 SVへと続くストーリー

 

P400 S ミウラ(ミウラS)に続いて誕生し、ミウラ・シリーズの最終モデルとなったのが、スピント・ヴェローチェ、すなわち「超越した速さ」なる称号を掲げた「P400 SV ミウラ(ミウラSV)」だ。そしてこのモデルが誕生するにあたり、非常に大きな役割を果たしたのが、J(イオタ)と呼ばれた1台の実験車。といっても、それはフェルッチオが正式にプロジェクトとして認めたものではなく、ダラーラやスタンツァーニと同様に、やはり20代でニュージーランドからイタリアへと渡り、ランボルギーニでメカニック兼テストドライバーとしての職を得た、ボブ・ウォーレスの個人的な実験車だった。というよりも、あくまでも趣味の車に過ぎない存在だったというほうが正しいのかもしれない。

 

ランボルギーニ・ミウラSVJ

このSVJの存在がなければ、P400 SVは名車と呼ばれることはなかったのかもしれない。

 

一見ミウラをベースに製作されたスペシャルモデルのようにも見えるJだが、ボディパーツで見るのならば、ミウラとJが共通しているのはルーフのみで、ほかはすべてデザインが異なっている。ドアを開けてキャビンを覗き込むと、まずは印象的なのは太いサイドシルと細いセンタートンネルだが、これは左右のサイドシル内に燃料タンクがビルトインされていることの証し。フレームももちろん、このJ専用のワンオフとなる。ウォレスは当時のFIAが定めたプロトタイプカーの車両規定に基づいて、このスペシャルモデルの製作を通常の業務時間外に行っていたのだ。

 

440psの最高出力を誇ったというドライサンプ式のV型12気筒エンジンをミッドに搭載したJの存在は、ランボルギーニを訪れるカスタマーに知られるようになり、その売却を望む声も徐々に高まるようになった。結局フェルッチオはその売却を指示するのだが、オンロードへと解き放たれたJには悲運が待っていた。それからわずか数ヵ月後にJはクラッシュ、そして焼失してしまったのである。

 

ランボルギーニ・ミウラSVのリヤサスペンション周り

A型から平行四辺形型に変更したロワアーム、さらにアーム長も延長、リアホイールのオフセットを拡大するなど、Jでの経験を活かして進化を果たしたP400 SVのリヤサス周り。

 

Jでの経験を活した、P400 SVのシャシー

 

だが、Jでの経験はミウラの最終進化型となったP400 SV ミウラのさまざまなパートに活かされることになった。リアサスペンションのデザインなどは、その最も特徴的な例といえる部分だろう。それまでのA字型から、平行四辺形型へとデザインを変更したロワアームは、アーム長そのものも38mmほど延長。リアホイールのオフセットも28mm拡大されている。加えてリム幅そのものが大きく拡大されたことも影響して、リアトレッドはP400 S ミウラの1412mmから1514mmにまで増加しているのである。

 

ランボルギーニ・ミウラSVのディテール

P400 Sまであったヘッドライト周辺の“まつ毛”がなくなったのもP400 SVの特徴だ。

 

P400 SV ミウラのエクステリアで大きな特徴といえば、いわゆる“まつ毛”がなくなったヘッドランプ周りのデザインと、大きくグラマラスに張り出したリアフェンダーが代表的なところだが、後者はまさにこのリアトレッドの拡大に直接の理由があったのだ。

 

ランボルギーニ・ミウラSVのV12エンジン

キャブレターの仕様変更やカムシャフトのプロフィールを見直すなどして、385psまでパワーアップしたV型12気筒DOHCエンジン。

 

V12エンジンにもJで得たノウハウを投入

 

ミッドのV型12気筒エンジンは排気量など基本的なスペックに変化はないものの、キャブレターが同じウェーバー製ながら40IDL3L型へと変更されたほか、カムシャフトのプロフィールを変更。エンジンとトランスミッションの潤滑もJがそうであったように、ようやくこのP400 SV ミウラにおいてセパレート化されることになった。ダラーラが最初に考えたミニのような小排気量モデルならばいざ知らず、大排気量で高性能なエンジンの潤滑システムをエンジンとトランスミッションで共有するのは、やはりリスクがあったのだろう。自らの手でJを作り上げたウォレスも、それをメカニックの立場から現場で感じていたに違いない。

 

ミステリアスな派生モデルも存在

 

P400 SV ミウラの生産は1973年まで続き、150台が製造されたとランボルギーニからは発表されているが、実際に後継車であるカウンタック(正式名称:クンタッチ)の生産開始が予定より大幅に遅れたことを考えると、さらに遅い時期にデリバリーされたモデルもあると考えるのが妥当だろう。

 

ランボルギーニ・ミウラSVR

ランボルギーニのレストア部門であるプロストリコによってレストアされた「SVR」。SVJよりも広げられたリヤフェンダーとルーフトップにウイングを備えていることで識別可能。近々にこのSVRの解説も掲載する予定だ。

 

またミウラには、1968年に製作されたロードスターや、先にも触れたSVJのほかSVRといった、いわゆるイオタ・レプリカも存在する。それらもまた、ミウラのヒストリーを華やかに、そして時にミステリアスなものにしている。

 

 
【SPECIFICATIONS】

ランボルギーニ P400 SV ミウラ

発表:1971年

エンジン:60度V型12気筒DOHC

総排気量:3929cc

最高出力:283kW(385ps)/7850rpm

トランスミッション:5速MT

駆動方式:RWD

車両重量:1245kg

最高速度:300km/h

 

解説/山崎元裕(Motohiro YAMAZAKI)