幻の「ミウラ ロードスター」(1968)【ランボルギーニ ヒストリー】

公開日 : 2019/11/24 17:55 最終更新日 : 2019/11/24 17:55

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ランボルギーニ・ミウラ・ロードスターのサイドビュー

Lamborghini Miura Roadster

ランボルギーニ ミウラ ロードスター

 

 

カスタマーからの要望によって誕生

 

1966年にミウラのデリバリーが始まると、それをベースとしたオープンモデルを製作できないかというカスタマーからの声がランボルギーニにはしばしば届くようになった。ミウラのデザイン、そしてボディの製作を担当したベルトーネにとっても、それは新たなプロジェクトとして非常に魅力的なものだったのだが、フェルッチオ・ランボルギーニは認めることはなかった。ミウラはあくまでもランボルギーニのモデルラインナップの中では特別な少数生産車であり、本流は高性能なGTにあると考えていたからだ。

 

ランボルギーニ・ミウラ・ロードスターの発表当時の写真

1968年のブリュッセル・ショーでベルトーネから発表された「ミウラ ロードスター」。オープンボディに相応しい鮮やかなスカイブルーも話題となった。

 

コンセプトカーとしてベルトーネから発表

 

結局ミウラのオープンモデルたる「ミウラ ロードスター」は、1968年のブリュッセル・ショーでベルトーネからコンセプトカーとして発表されることになった。鮮やかなスカイブルーにペイントされたそれは「3498」のシャシーナンバーをもつもの。ベルトーネではオープン化に伴って、広範囲なモデルファイを施している。

 

ランボルギーニ・ミウラ・ロードスターのリヤスタイル

ミウラ ロードスターの特徴が最も分かるリアからのアングル。特にミッドに積まれるV12エンジンが見られるデザインは当時としても極めて斬新な手法だった。

 

まずキャビン後方にはロールオーバークラッシュからドライバーとパッセンジャーを保護するためのロールバーを装着。ルーフやエンジンフードも廃止され、V型12気筒エンジンは外観から容易にその存在が確認できるようになった。リアクオーターピラーにはブラックに塗装されたガーニッシュが組み合わされ、トンネルバックスタイルを形成。さらに後方にはコンパクトなトランクルームも設けられている。Bピラーのルーバー付きエアインテークも、このロードスターに独自のデザインとなる。

 

ランボルギーニ・ミウラ・ロードスターのサイドビュー

オープン化されてもミウラの美しさは失われていないことが分かるサイドビュー。ロードスター独自のデザインも一部に見られる。

 

ミウラ ロードスター、その後の行方

 

ミウラ・ロードスターはその後、アメリカのILZRO(インターナショナル・リード・ジンク・リサーチ・オーガニゼーション)に売却され、1969年にはベルトーネでILZROの主導による亜鉛素材などを用いたメッキ処理などが施された。そして新たにボディカラーをモスグリーン(メインカットに映るカラー)とし、「Zn75」というILZROのプロジェクトナンバーを掲げアメリカへと送られたのだ。Zn75はプロジェクトの終了後、アメリカを始め世界各国でILZROのプロモーションに使用された後、博物館で保管されていたが、後に日本やアメリカなどのオーナーを経て、2007年のコンコルソ・イタリアーノに姿を現している、

 

ランボルギーニ・ミウラ・ロードスターのコクピット

ブリュッセルでの発表から40年目となる2008年、オリジナルに近い状態に戻され、ペブルビーチで公開された。

 

また、翌2008年にはオリジナルカラーに近いブルーメタリックにボディカラーを変更し、内外観を完全にレストアした姿をペブルビーチ・コンクール・デレガンスで披露。世界各国から訪れたゲストを喜ばせた。それはブリュッセルでの発表から、ちょうど40年目となる歴史的な出来事でもあった。

 

 
【SPECIFICATIONS】

ランボルギーニ ミウラ ロードスター

発表:1968年

エンジン:60度V型12気筒DOHC

総排気量:3929cc

最高出力:257kW(350ps)/7000rpm

トランスミッション:5速MT

駆動方式:RWD

車両重量:1000kg

最高速度:280km/h

 

解説/山崎元裕(Motohiro YAMAZAKI)