池沢早人師に訊くスーパーカーブームのウラ側「第21回:『サーキットの狼』誕生の影にカムシンあり!?」

マセラティ・カムシンと池沢先生のツーショット1

クルマ雑誌の特集を見て衝撃を受けたカムシン

 

1975年に週刊少年ジャンプでの連載が始まった『サーキットの狼』。ロータス・ヨーロッパ・スペシャルを駆る主人公の“風吹裕矢”と共に熾烈な戦いを繰り広げるスーパーカーたちは、瞬く間に大きなムーブメントを巻き起こし「スーパーカーブーム」と言う社会現象となった。週末には日本各所でスーパーカーショーが開催され、“スーパーカー小僧“と呼ばれた子供たちがカメラを片手に長蛇の列をなし、スーパーカー面子やスーパーカー消しゴムが爆発的な売れ行きを記録した。

 

そんなブームの火付け役である同作品の作者、池沢早人師先生をお招きしてお届けしてきた当連載は次回からリニューアル。改編前を締めくくるスーパーカーは、『サーキットの狼』を描くきっかけになった「マセラティ・カムシン」を取り上げる。

 

ベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニがデザインしたマセラティ・カムシンは、ウェッジの効いた各部の造形が後のカウンタックを思い起こさせる

 

並み居るスーパーカーに劣らぬ超個性派

 

少年ジャンプで掲載が始まる前の話。『サーキットの狼』のストーリーを練っていた頃だったから1974年頃だったと思うんだけど、自動車雑誌にランボルギーニ・ミウラとフェラーリ365GTB/4(デイトナ)、そしてマセラティ・カムシンが特集されていて、そのエキサイティングなクルマたちに衝撃を受けた。

 

当時の日本は自動車大国へと至る黎明期であって、スーパーカーと呼べるクルマはほとんど存在しなかったからね。斬新なスタイルと驚くようなパフォーマンスは、写真と活字で構成されている雑誌の記事からも読み取ることができた。「世界には凄いクルマがあるんだなぁ」と思ったことを今でも鮮明に覚えているよ。この特集を読まなければ『サーキットの狼』は生まれていなかったかもしれないね。

 

今も昔もマセラティはストイックなスポーツカーではなくゴージャスなグランツーリズモが得意分野。インテリアは至るところにレザーマテリアルが施されている

 

雑誌の特集で衝撃を受けたボクはその後、作中の「Aライ模擬レース編」でBMW 3.0 CSLとクラッシュしてロータスのルーフを巻き添えで破壊する脇役にマセラティ・カムシンを選んだ。正直、色々なクルマを見ていくうちに、カムシンは個性的ではあるものの「主役級ではない」ことを感じてしまったのも脇役に回した大きな理由かな。

 

個人的にはスーパーカーというよりも、エキサイティングなGTカーというイメージが強い。直線的なデザインはベルトーネが担当し、当時のチーフデザイナーはマルチェロ・ガンディーニ。後にカウンタックを生んだ天才の片鱗が伺えるデザインのクルマだと思う。

 

日常の取り回しでストレスを感じさせないため後方視界は十二分に確保。テールライト間もガラスで繋ぐ徹底ぶりは、動力性能を第一義とする他のスーパーカーとは一線を画する

 

実際にカムシンを目の前にした時、ボクの目を惹いたのはリヤセクションのボリューム感だね。後方視界を得るために大きく設計されたガラスハッチと、コンビネーションランプの間にガラスを使った独特なバックパネル、上から下へと絞り込まれたリヤフェンダーは圧巻だ。

 

当時のマセラティはシトロエンの傘下だったこともあり、ステアリングやブレーキに油圧式のハイドロを使っていて、その乗り味はエクステリアと同様に超個性的。特にステアリングはセルフセンタリング式を採用していたこともあって「癖の強さ」が際立っていた。

 

ギブリの後期モデル(ギブリSS)と同じ4.9リッターV型8気筒DOHCをフロントに搭載して後輪を駆動するFRレイアウト。320psの最高出力を発揮していたのは大きな魅力になると思う。当時のスーパーカーはミッドシップが主流だったけど、FRを採用したカムシンの乗り味はやっぱり「速いGTカー」なんだよね。

 

スペアタイヤはフロントノーズ下に格納される。イタリアブランドでありながら凝ったギミックと合理性を追求した姿勢は当時の親会社であるシトロエンの哲学を感じさせる

 

個性的なのはスタイルだけでなく、メカニズム的にも面白いギミックが盛り込まれているのがカムシンの大きな特徴。まず驚いたのがスペアタイヤの搭載位置だ。エンジンルームの下にスペアタイヤが収納されていて、バンパー下のグリルを開閉して取り出す仕組み。どう考えても普通じゃないよね。スペアタイヤでラゲッジや室内のスペースを犠牲にしたくないのは理解できるけど、ここまで特殊なギミックを使うとは・・・。この辺は独創性でならしたシトロエンの影響を強く感じるね。

 

ボクがマセラティを愛車にしたのは意外と古く、ポルシェ930ターボに乗っていた頃にメラクSSを手に入れたのが最初。ただし乗っていたのは3ヵ月ほどで、当時の知人がスーパーカーのショーをするというので譲ってしまったんだよね。それから間が空いて後にグラントゥーリズモSを愛車にすることになったんだけど、このクルマに乗って初めてマセラティの良さを理解できた気がする。

 

伝統のトライデントと車名をデザインしたバッジ。カムシンとは当時のマセラティ車に共通した様々な「風」を表す名称で、砂漠を渡る熱風に由来する

 

マセラティに返り咲いた理由は、同じ漫画家の本宮ひろしさんがグラントゥーリズモに乗っていて、当時の愛車だったボクのフェラーリF430と同じV8エンジンなのに、本家よりも官能的なサウンドだったこと。正直「負けた」と思い、我慢ができなくなってマセラティのグラントゥーリズモSを手に入れてしまった。フロントエンジンのグラントゥーリズモは排気管が長く、高級な管楽器みたいに良い音を響かせてくれた。まさに「音のラブレター」だね。

 

ボクにとってマセラティは思い出深いメーカーだ。『サーキットの狼』を描く最初の出逢いになった雑誌の特集、そしてメラク、グラントゥーリズモSを愛車にすることで、マセラティというメーカーを知ることができた。シトロエン、プジョー、デ・トマソ、クライスラー、フィアット、フェラーリ、アルファロメオと親会社が次々と変わり、時代の波に翻弄されたマセラティ。その苦労は現在のマセラティを作り上げるために必要な“試練”だったのかもしれないね。

 

1973年から生産をスタートして1982年のディスコンまで息の長いモデルライフを刻むものの、けして好調なセールスは記録できなかった。今となっては貴重な1台だ

 

Maserati Khamsin

マセラティ・カムシン

 

GENROQ Web解説:フランス風味が詰まったイタリアンGT

 

ネプチューンのエンブレムを持つマセラティ。その伝説の名車として名を馳せるカムシンは1972年のトリノショーでプロトタイプとしてお披露目され、翌1973年には「マセラティ・カムシン」の名を冠してデビューを飾った。そのネーミングはギブリやメラクやボーラと同様に風の名前、エジプトの砂漠地帯を吹く「ハムシン」に由来する。

 

直線と鋭角的なエッジを基調とした斬新なボディはベルトーネが担い、その主軸となったのはチーフデザイナーとして辣腕をふるっていたマルチェロ・ガンディーニだ。鋭いデザインで構成されるボディが特徴的で、フロントからリヤエンドまで続くシャープなラインとボディ下部を絞り込んだウェッジシェイプが与えられている。

 

実用的なトランクスペースをもち、大きく開閉するガラスハッチの恩恵で荷物の出し入れも良好。片側2本の合計4本出しを採用したエキゾーストマフラーがリヤビューを引き締める

 

ボンネット上にはエアクリーナーボックスと冷却用のルーバーを非対称にデザインすることで、フラットで単調になりがちなイメージを払拭。リヤエンドのコンビネーションランプの間にマセラティのエンブレムを透かしたガラス素材を使用することで、広大なガラスハッチと同調して快適な後方視界を確保している。デザイン優先と思われがちな同車だが、実は先進の安全支援デザインが与えられているのだ。

 

同車はギブリの後継モデルとしてデビューを飾るもギブリの2シーターを踏襲せず、2+2となる4人乗車に加え、リヤには実用性を考慮したラゲッジスペースを持つGTカーとして新たなスタートを切ることになる。ちなみにボディのディメンジョンは全長4400×全幅1800×全高1140㎜を誇るが、低くエッジの効いたボディは諸元値よりもワイドに見える。

 

4.9リッターV型8気筒はギブリのものを踏襲。最高出力320ps、最高速度は275km/hを計上した。ブレーキやステアリングなどの作動は油圧を用いたハイドロによって制御される

 

このカムシンは大きな人気を博したギブリの後継モデルとして登場し、鋼管パイプフレームに置かれたエンジンはギブリSSから受け継がれた4930ccの排気量を持つV型8気筒DOHCを採用。そのスペックは320psの最高出力へと抑えられたものの、最大トルクは49.0kgmへと引き上げられ1530kgのボディを275km/hの最高速度へと誘う。組み合わせるトランスミッションはZF製の5速MTとボルグワーナー製の3速ATが用意されていた。

 

スタイルと同様に使用されるメカニズムも個性的だ。当時のマセラティはシトロエン傘下ということもあり、セルフセンタリングシステムを採用したステアリングをはじめ、ブレーキ、クラッチ、リトラクタブルヘッドライトは“ハイドロニューマチック”と呼ばれるハイプレッシャーの油圧で一元管理し、独特のフィーリングを披露する。この感覚は好き嫌いがはっきりと分かれ、複雑な機構はパワーの損失やオイル漏れなどトラブルを頻発させた。

 

生産年は1973年のデビューからデ・トマソ傘下へと移行する1982年までとなるが、総生産台数はわずかに430台を記録したに過ぎない。

 

 

TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)

PHOTO/降旗俊明(Toshiaki FURIHATA)

 

 

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・サーキットの狼ミュージアム

http://www.ookami-museum.com