時計とクルマを乗りこなすWatch Driving!「ニッポンの叡智! GT-Rとグランドセイコー:前編」

Watch Driving第2回、ニッサンGT-Rとセイコー・グランドセイコー

NISSAN GT-R × GRAND SEIKO

 

 

「アテーサE-TS」と「スプリングドライブ」

 

スポーツウォッチの花形といえばクロノグラフだ。三針以外にストップウォッチ用の分針と時針を備えたダイヤルはマシンの計器を連想させ、それが高性能時計の証としてファッションアイテムになっているのはご存じの通りである。

 

そして本連載『ウォッチ・ドライビング』の最初に取り上げるモデルとして、時計ジャーナリストの広田雅将氏はグランドセイコーの「スプリングドライブ」に白羽の矢を立てた。その理由は「垂直クラッチ」。これが高性能4WDスポーツカーである「ニッサンGT-R」、ひいてはその4WDシステムであるアテーサE-TSと深い親和性を持っているのだという。

 

Watch Driving第2回、セイコー・キャリバー9R86

グランドセイコーの自動巻きムーブメント・キャリバー9R86。動力はゼンマイが担い制御はICと水晶振動子が行うスプリングドライブを搭載する。

 

垂直クラッチとは最新式フルタイム4WDだ

 

――「ウォッチ・ドライビングの1回目を、ボクはニッサンGT-Rとグランドセイコー・スプリングドライブで始めたいんですよ」。時計評論家である広田雅将氏は、開口一番熱く語った。その核心は「垂直クラッチ」にあるという。

 

時計評論家・広田雅将(以下、広田):クロノグラフ、つまりストップウォッチ付きの時計の考え方は、実は非常にシンプルです。1分間で1回転する4番車に針を付けると秒針になるわけですよね? そして、ここにクラッチを繋げて別の歯車をオンオフできるようになると、自由に時間を計測できるクロノグラフになる。そしてグランドセイコーはここに「垂直クラッチ」を採用しています。これが最も大きな特徴のひとつだと言えます。

 

――垂直クラッチを利用したクロノグラフは、最新式フルタイム4WDのようだと広田氏は語る。

 

広田:かつてのクロノグラフは、「水平クラッチ」を採用しているものがほとんどでした。これは秒針を動かす4番車の横にストップウォッチ用の歯車をスライドさせて噛み合わせ、クロノグラフ針を取り付けたクロノグラフ車(編注:ランナー)を動かす設計です。対してグランドセイコーの垂直クラッチは余計な歯車を省いて、クロノグラフ車の上にクロノグラフ用のクラッチを圧着させるんです。

 

Watch Driving第2回、垂直クラッチの説明

キャリバー9R86の分解図を元に垂直クラッチを説明する広田氏。垂直クラッチはムーブメントの中央に位置し、まさにクロノグラフの心臓部と言える。

 

スペース効率が高く抵抗が少ない垂直クラッチ

 

――そのメリットは、まずスペース効率の高さだという。

 

広田:「歯車をスライドさせなくてよい分だけ横方向に余裕ができ、自動巻き機構を搭載することが容易になりました。そしてもうひとつのメリットとしては、抵抗が少ないこと。水平クラッチは歯車をガチャン! と噛み合わせる度にゼンマイのトルクを奪ってしまうんです。

 

時計師・佐藤 努(以下、佐藤):時計の歯車は動力の伝達効率に優れた歯先の歯車を採用しますが、水平クラッチの歯車は、サメの歯のようにギザギザになっています。それは常に回転している歯車を、普段は止まっているクロノグラフ車に、確実に噛み合わせることを優先し伝達効率は無視した構造です。自転車のダイナモに付いているローターのような感じでしょうか。

 

モータージャーナリスト・山田弘樹(以下、山田):クルマでいうと、トランスミッションのシンクロナイザーのようですね。

 

広田/佐藤:うんうん。

 

Watch Driving第2回、クラッチのイメージ

垂直クラッチの作動イメージ図。左側がスタート前の状態で右はスタート時の様子。中央の赤いクラッチ部分が下部の金色の歯車に圧着しているのがわかるはずだ。

 

機械的に無理が無く効率に優れた機構

 

広田:こんな風に特殊な形状の歯車を横から当てるわけですから、当然エネルギーの伝達効率は良くない。またクラッチが噛み合うときのショックで、ぴょこん!とクロノグラフ針が針飛びを起こすこともあるんです。クロノグラフを動かすと、針が数秒分勝手に動いてしまう。

 

山田:そうすると、時間を正確に計測できないこともあるんですね。

 

佐藤:水平クラッチ式クロノグラフは、クロノグラフ針の動力を4番車から歯車を介して得ています。そしてこれが、実はとても不安定な存在なんです。なぜならこの歯車は、本来の時計として必要な輪列に入っていないので、大げさに言うと常にフラフラしています。だから多くのクロノグラフはランナーと呼ばれる秒針歯車の下に、バネを入れて規制しています。サイドブレーキを軽く引いたような状態にして、針の動きを安定させているんですね。

 

山田:プリロードを掛けている感じですか?

 

佐藤:そう。この時点で、ゼンマイのトルクは奪われています。そしてそんな歯車を、効率の悪い歯車が回すとなると・・・。

 

山田:さらにゼンマイのトルクは減ってしまいますね。

 

佐藤:しかしスプリングドライブのクロノグラフは、クラッチプレートを上から圧着させる構造上、秒針をそのまま計測針として使えるから機械的な損失はほとんどない。時計にも無理をさせていないし、ボクはそこがとても優れていると思います。

 

山田:なるほど!

 

Watch Driving第2回、ニッサンGT-Rの4WDシステム

国産スポーツカーを代表するニッサンGT-R。そのパフォーマンスを支えるのがフルタイム4WDシステムのアテーサE-TSで、高出力でありながらコントローラブル。

 

厚みは増すが低抵抗であることがフルタイム4WDに通ずる

 

広田:ただ、クラッチの分だけ厚みは増すと。横にスペースが取れるけど、縦に食っちゃうんですよね。

 

山田:そこもニッサンGT-Rっぽいですね(笑)。

 

広田:厚みは増しますが抵抗は非常に少ない。これって現代のスポーツフルタイム4WDと同じですよ。常時4輪駆動にしていても、抵抗が少ないから動力伝達にロスがない。

 

佐藤:そうそうそう! 水平クラッチでストップウォッチ機能を使うときって、まさにパートタイム4WD車を「常に4輪駆動で走らせている」ようなものなんです。時計にとってはあまりよくない。ストップウォッチ機能を作動させると、その抵抗によってテンプの振りが落ちてしまうんです。

 

Watch Driving第2回、山田氏、広田氏、佐藤氏集合

GT-Rとグランドセイコーの類似点について議論する時計師の佐藤氏、モータージャーナリストの山田氏、時計評論家の広田氏(写真向かって左から)。

 

垂直クラッチとフルタイム4WDがハイパワー化を促す

 

山田:この抵抗の少なさが生み出すメリットは他にもありますか?

 

広田:ずばりハイパワー化です! 性能を上げるためにゼンマイのトルクを強めても、水平クラッチはトルク損失と部品への負担が大きくなります。対して垂直クラッチはロスが小さいから、ゼンマイのトルクを増やしても部品が消耗しにくいんですね。

 

山田:つまりハイパワーなエンジン(=ゼンマイ)を搭載できると!

 

広田:そうなんです。だから垂直クラッチを使うとクロノグラフの性能を思いっきり上げられるんですよ。フルタイム4WDが普及して、馬力を上げられるようになったのと同じですね。垂直クラッチが高効率だと認知されたのはここ20年くらいで、それがわかってからは多くのムーブメントがこれを使うようになりました。それによって改良が重ねられ、洗練されていったんです。たとえばエル・プリメロ時代のロレックス・デイトナは水平クラッチを使っていました。でも現行モデルは垂直クラッチになってものすごくパフォーマンスが上がりましたよね。

 

山田:クルマで言えば、普段はFRの状態で走らせていても、いざとなったら4輪にトルクをスプリットできるからハイパワーなエンジンを搭載できる。同様にクロノグラフは普段は時計として機能しながら、いざというときにはストップウォッチ機能を使って正確に時を計り、そしてこれを使い続けても時計本体への負担が少ない。まさに垂直クラッチを使ったグランドセイコーのスプリングドライブは、ニッサンGT-Rだというわけですね。

 

広田:そういうことです。

 

Watch Driving第2回、ニッサンGT-R走行シーン

今回は時計サイドからGT-Rとグランドセイコーの類似点を探った。次回は実際にニッサンGT-Rをドライブさせ、グランドセイコーを腕に巻き、それぞれのインプレッションを行う。

 

次回はいよいよ「時計のドライブ方法」をレポート

 

――グランドセイコー・スプリングドライブの垂直クラッチは、こうした理由で広田雅将氏によってニッサンGT-Rへと例えられた。次回はこの両者を対面させながら、ウォッチ・ドライビングの神髄である「時計のインプレッション」を展開する!

 

 

TEXT/山田弘樹(Kouki YAMADA

INSTRUCTOR/広田雅将(Masayuki HIROTAChronos-Japan 編集長)

COOPERATION/佐藤 努(Tsutomu SATOHZENMAIWORKS)、セイコーウオッチ

PHOTO/降旗俊明(Toshiaki FURIHATA

 

 

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