100年以上前に製造されたロールス・ロイスを展示。ワクイミュージアム探訪記(第2回)
公開日 : 2020/01/02 11:55 最終更新日 : 2020/01/02 11:55
WAKUI MUSEUM Part2
ワクイミュージアム パート2
吉田 茂・元首相の愛車も動態保存
日本国内に存在する自動車博物館を巡り、その魅力をお伝えするこの連載。第2回目は埼玉県加須市にあるワクイミュージアム・パート2を紹介したい。
世界屈指の内容と質を誇るロールス・ロイス&ベントレーのプライベートミュージアムとして知られるワクイミュージアム。その設立の背景と至極のベントレー・コレクションについてはパート1でご紹介したとおりだが、今回は同ミュージアムを語るうえで外せないもうひとつのパートであるロールス・ロイスを中心にお送りしよう。
一般的にロールス・ロイスはショーファードリブンの高級車、ベントレーはスポーティなドライバーズカーという括りで表現されることが多いが、ワクイミュージアムの館長である涌井清春氏は著書の中で「ロールス・ロイスが光を放つ車なら、ベントレーは風を起こす車」と表現している。
その言葉のとおり、ミュージアム中央の展示ホールでは6台のロールス・ロイスが華やかな光を放ちながら待ち構えている。

ロールス・ロイスのノーズを飾ってきたスピリット・オブ・エクスタシーも、年代によって造形は微妙に異なる。また“RR”のロゴの色が赤いのは、創業者のひとりフレデリック・ヘンリー・ロイス生前の作であるため。彼の逝去後は永遠の喪に服すため黒地となる
コレクションの中核を成すのは3台のシルヴァー・ゴースト
シルヴァー・ゴーストは、1907年にヘンリー・ロイスとクロード・ジョンソンらのドライブでロンドン–グラスゴー間1万5000マイルの長距離テストに挑み、見事ノートラブルで完走を果たしたテストカー、40/50HP“シルヴァー・ゴースト”にあやかった黎明期のロールス・ロイスを代表するフラッグシップモデルの名称。
ミュージアムにあるのは1914年型の40/50HPシルヴァー・ゴースト、1919年型の40/50HPシルヴァー・ゴースト・アルパイン・イーグル、そして1925年型のシルヴァー・ゴースト リムジーネ by ル・バロンというラインナップとなる。
このうち1925年製のアルパイン・イーグルは、当時のオリジナルボディをもつ貴重な個体であるとともに絵本『じどうしゃ アーチャー』(作:片平直樹 絵:伊藤正道 教育画劇 刊)のモデルになったワクイミュージアムのマスコット的存在でもある。
そして、ワクイミュージアムのロールス・ロイス・コレクションを語る上で欠くことのできない1台が、1936年型の25/30HPフーバー・スポーツサルーンだ。
地名のつかない“3 せ4046”という古いライセンスプレートのついた漆黒のロールスは、第45代、第48~51代の内閣総理大臣を務めた吉田 茂が神奈川県大磯町の私邸と東京を往復する際に使用していたそのもの。外装も内装も当時の状態を留めたオリジナリティの高い1台である。
吉田 茂と白洲次郎という近代日本史に共に名を残した2人の愛車が、時を経て揃って収まる光景はまさに日本のロールス・ロイス&ベントレー専門ミュージアムにしかできない、ハイライトというべき部分といえる。
自動車博物館のあるべき姿とは?
では、開館から11年目を迎えた今、涌井氏自身はこれからのワクイミュージアムのあるべき姿をどのように考えているのだろう?
すると涌井氏は7つの答えを用意してくれた。
1:走って守る。動態保存で次世代オーナーに20世紀の名車を受け継ぐセンターになる。普通の中古車と違い、オーナーが代わるときにクルマがより良い条件で引き継がれるチャンスにもなり、保存にも有効となる。
2:動物園型展示で見てもらえるミュージアムにする。敷地内にコースがあれば、なお理想的。
3:クラシックカーを体験してもらえる場やイベントをつくることで、クラシックカーをより多くの人に“欲しい”存在へと変える。また内燃機を守ると同時に、優雅な形を残しながらEVに変換するというビスポークの進化型も考えられる。
4:買い付け、販売両面で輸入・輸出の代行を活性化させる。国際市場にも積極的に出て、連動していく。
5:クラシックカーを治す技術が絶えないよう、職人技を受け継ぎ残していく。
6:富裕層に向けた再生新車の拡充。
7:メンテナンス付きストレージビジネスの展開。
つまり、貴重なクルマを動態保存し、多くの人々に見てもらうというだけの従来型の“受け身”なミュージアムではなく、積極的な体験を促し、実際に所有し乗ってもらうことで、クラシックカーを取り巻く“世界”を後世に繋いでいこうということなのだ。

1972年式シルヴァー・シャドウのリヤシート。まるで新車のような張りと輝きを見せるが、これはワクイミュージアムが施工した再生新車プログラム「ワクイミュージアム・ビスポーク」によるもの。これもクラシックカーを未来へ残していくための施策のひとつだ
クラシックカーを現代に蘇らせる“ワクイミュージアム・ビスポーク事業”
その具体的な例のひとつがワクイミュージアム・ビスポーク事業だ。本来ビスポークというのは、新車をオーナーの好みに応じて自由に仕立てるオーダー方法のことを指すのだが、ワクイミュージアムでは1965年から80年にかけて生産され、台数も多く、ベース車の価格も手頃なロールス・ロイス・シルヴァー・シャドウ&ベントレーTを完全に分解、レストアし、現代の路上で過不足なく使用できる状態にしたうえで、内外装をオーナーの好みに合わせて仕立て直す、再生新車の販売プロジェクト(現在ではその範囲を新旧モデルに広げている)を始めている。
実際に1972年式のシルヴァー・シャドウを見せてもらったのだが、見事な建てつけのボディ、静かなアイドリングを奏で気持ちよく吹け上がるエンジン、上質なレザー&ウッドで丁寧に仕立てられたインテリアなど、まさに新車以上と呼ぶにふさわしい出来栄えだった。
また実車のみならず、涌井氏の夢のひとつであった日本語表記のロールス・ロイス&ベントレーのヒストリーブック『History of Rolls-Royce & Bentley ロールス・ロイスの風とベントレーの風に魅せられて』の出版・販売や、ミュージアム内に資料館を設置し、ロールス・ロイス&ベントレーや白洲次郎の貴重なメモラビリア、資料の公開も行なっている。
そういう意味でもワクイミュージアムは、世界的に見ても珍しい積極提案型の自動車博物館ということができるだろう。
1914 Rolls-Royce 40/50HP Silver Ghost
1906年に設立されたロールス・ロイスの比類なき高性能、耐久性をもつ高級車というイメージを確立した記念すべき存在。当初40/50HPと呼ばれていたが、1907年のスコティッシュ・2000マイル・リライアビリティ・トライアルで金賞を獲得した「シルヴァー・ゴースト号」にちなみシルヴァー・ゴーストというペットネームが付けられた。これは1914年型のシャシーナンバー64AP。7428cc水冷Lヘッド直列6気筒エンジンを搭載する。
1919 Rolls-Royce 40/50HP Silver Ghost “ Alpine Eagle”
“アルパイン・イーグル”は、1913年に行われたアルパイン・トライアルで1-2-3フィニッシュを飾った車両の市販バージョンというべきモデルで、スタンダードに比べ10psアップした直6エンジンと4速MTなどが特徴。シルヴァー・ゴーストの中で最も美しく、スポーティといわれる。展示車は貴重なオリジナルボディを持つ1台で、絵本『じどうしゃ アーチャー』のモデルにもなった、ワクイミュージアムのマスコット的存在でもある。
1925 Rolls-Royce 40/50HP Silver Ghost Limousine by Le Baron
1919年にロールス・ロイスはアメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドにロールス・ロイス・オブ・アメリカを設立。1921年から26年までシルヴァー・ゴーストを1701台、それ以降は1933年までファンタムIを製造するが、商業的には成功せずに撤退することとなる。これは1925年製のシルヴァー・ゴーストで、アメリカのコーチビルダーであるル・バロンが製作した華やかなボディが特徴の1台だ。
1930 Rolls-Royce Phantom II Continental DHC by Carlton
40/50HPの後継として1925年に登場したファンタム。1929年には2分割ブロックを持つ新設計の7668cc直列6気筒OHVユニットを、スマートなアンダースラング・レイアウトのシャシーに搭載したファンタムIIへ発展。戦前期のファンタムの最高傑作といわれた。コンチネンタルはそのシャシーを強化し、エンジンのパワーアップを図ったスポーツ仕様である。展示車はカールトン製のコンバーティブル・ボディを纏った1台。
1934 Rolls-Royce Phantom II Continental Sports Saloon by Thrupp&Maberly
こちらは1934年型のファンタムIIコンチネンタル・スポーツサルーン。19世紀には馬車の最高峰メイクスとして知られていたロンドンのコーチビルダー、Thrupp&Maberly(スラップ&マルベリー)のボディを纏う。デュオトーンのボディカラーがなんともオシャレである。
1937 Rolls-Royce Phantom III Sedanca de Ville by Hooper
1935年に登場したファンタムIIIは、大恐慌後、世界的に流行した多気筒エンジンの波に乗り航空機で培った技術を応用して新開発された7338ccV型12気筒OHVエンジンを搭載したモデル。ロールス・ロイスで初めて閉断面のサイドレールをXメンバーで組んだラダーフレーム・シャシーと前輪独立懸架サスペンションを採用した意欲作でもあった。
1936 Rolls-Royce 25/30HP Sports Saloon by Hooper
白洲次郎のベントレーと並びワクイミュージアムを象徴する1台。第45代、第48~51代の内閣総理大臣を務めた吉田 茂が神奈川県大磯町の私邸と東京を往復する際に使用していた25/30HPスポーツ・サルーン。ナンバープレートを含め、内外装も当時のまま。吉田茂を描いたドラマなどにも出演している。
1972 Rolls-Royce Silver Shadow I WAKUI MUSEUM BESPOKE CAR
シルヴァー・シャドウは、1965年9月のアールズコート・モーターショーで発表された新世代ロールス・ロイス。その最大の特徴は同社初のフルモノコック・シャシーの採用で、リヤサスペンションもハイドロニューマティックを組み合わせた独立懸架式となった。これは「クラシックカーをより多くの人に“欲しい”存在へと変える」そして「職人技を受け継ぎ残していく」と言う涌井館長の想いを形にした“ビスポークカー”で、過不足なく日常で使えるよう、まさに新車状態にレストアされた1台である。
新車当時、継ぎ目のない13頭分のコノリーハイドが使われていたインテリアも、その雰囲気、クオリティを落とすことなく、オーナーの好みに合わせて綺麗に仕立て直される。もちろん、ウッドやクローム部分も全て完璧に修復されるほか、ステレオ、ナビ、バックモニターなど近代装備の装着も可能だ。
手を入れれば200万km走行できると言われる頑丈なアルミ製V型8気筒もしっかりオーバーホールされ、新車当時の性能を発揮。静かでスムーズなエンジン・マナーは感動的ですらある。そのほか、ギヤボックスやサスペンションも完全にリフレッシュされている。
REPORT/藤原よしお(Yoshio FUJIWARA)
PHOTO/前田惠介(Keisuke MAEDA)
【INFORMATION】
WAKUI MUSEUM ワクイミュージアム
住所:埼玉県加須市大桑2-21-1
電話:0480-65-6847
開館時間:毎週土日 11:00〜16:00
【関連リンク】
・世界有数のクラシック・ベントレーコレクション。ワクイミュージアム探訪記(第1回)
https://genroq.jp/2019/11/49550/
・ワクイミュージアム公式サイト
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- TAG : ベントレー ロールス・ロイス クラシックカー ワクイミュージアム ファンタム シルヴァー・ゴースト じどうしゃ アーチャー 吉田 茂
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