池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第8回:“スノーフェアリー”と呼ばれたRUF CTRII】

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRII

ポール・フレールさんとの最高の思い出をくれた恩“車”

 

1975年から1979年にかけて週刊少年ジャンプで連載された『サーキットの狼』を経て、1989年から週刊プレイボーイに活躍の場を移した続編『サーキットの狼II モデナの剣』。ここでは同作品の作者であり、スーパーカーの第一人者として知られる池沢早人師先生をお迎えし、連載と同時期に活躍したスーパーカーたちを振り返る。今回はポルシェを凌駕するポルシェこと「RUF CTRII」について語ってもらおう。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIと池沢先生のツーショット

ポルシェ 911(タイプ993)をベースにRUFがコンプリートカーとしてリリースしたCTRII。当時の993がベースだけに全長4290×全幅1735×全高1275mmと、現在の目から見るとコンパクトに感じる。

 

圧倒的パフォーマンスを誇るRUF

 

『サーキットの狼』を連載していた1970年代後半は、スーパーカーと呼ばれる特別なモデルは突出した性能を誇り、大衆車とは異なる次元の走りを見せつけてくれた。でも、技術の進歩と共に大衆車の性能が上がり始めた90年代になると、スーパーカーと呼ばれていたクルマと大衆車の差は小さくなり、憧れだったスーパーカーは身近になってきた。

 

例えばBMW M3やポルシェ 911(タイプ964)は無理をすれば手に入るスーパーカーのひとつだったからね。そんな時でもフェラーリやポルシェは、絶対的な性能を誇るスーパースポーツとして「F40」や「959」を作り出し、世の中に存在感を示してくれた。

 

当時は一般的な量産スポーツカーとは別に「限定」という肩書で、特別なクルマが続々と登場しメディアを賑わせていた。フェラーリ F40やポルシェ 959も希少な限定モデルだけど、その華やかさとは別次元で少数の生産台数で勝負していたメーカーがある。それはポルシェの姿を持ちながらも異次元の世界観を描き出していた「RUF」だ。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIと池沢先生のツーショット

1997年にデビューしたCTRIIはカレラボディに空冷フラット6ツインターボを搭載するという基本構成は初代CTRと同様。ロールケージはビルトインされている。

 

ボクが始めてRUFに出逢ったのはGENROQの取材だったと思う。長期レポートとしてRUF BTRに乗ることになり、その魅力に洗脳されてしまった。見た目は確かにポルシェなんだけど、走り出した瞬間に「絶対的な違い」が分かる。RRレイアウトを介して路面へと伝わる圧倒的なパワー、ステアリングのレスポンス、路面に対して積極的に機能するサスペンション・・・。ドライブに関わる全ての動きが絶妙にシンクロして、研ぎ澄まされた走りがドライバーに一体感を与えくれる。

 

今まで、数多くのスーパーカーに乗ってきたけど、エンジンがパワフルでもシャシーが弱かったり、爆発的な加速に対してブレーキが脆弱だったりと、何かが欠けているのが当たり前だった。でもRUFだけは違う。走りに関する全てを高い次元で調和させることでハイレベルなパフォーマンスを発揮してくれるんだよね。

 

元々ポルシェ好きのボクとしてはRUFの魅力に逆らえるはずもなく、遂に1997年に手を出してしまう。当時のRUFと言えば「イエローバード」が世界最速記録を叩き出したこともあり、スーパースポーツとしてのイメージはかなりのもの。そしてボクが手に入れたモデルは純白のCTRIIで、世界30台の限定モデルだ。アメリカのオーナーから譲ってもらったんだけど、前のオーナーが女性だったこともあり真っ白なボディに純白の内装に仕上げられていた。

 

RUFは正式な車名の他にニックネームが付けられる。有名なものでは先ほどの「イエローバード」や「NATO」などがある。ボクのクルマには「スノーフェアリー(雪の妖精)」という名前が付けられ、女性オーナーがオーダーした2ペダルのEKS仕様。クラッチレスのEKSは乗りやすく快適な反面、当時のボクとしてはイージー過ぎる印象が強かった。今でこそAT仕様のスポーツカーは当たり前になっているけれど、当時は軟弱なイメージがあったからね。真剣に3ペダルのMTに乗せ換えようと考えていた。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIと池沢先生、ポール・フレール氏

レースで培った豊富な経験と確かな知識に裏打ちされた論評によって世界的に活躍したモータージャーナリストのポール・フレール氏。フレール氏がポルシェを耽溺していたことは有名だ。

 

一般道では車高の低いフェラーリほど気を遣うことなく走りが楽しめ、サーキット走行ではレーシングカーも顔負けの性能が楽しめるCTRII。特に評価したいのはブレーキ性能だ。大型のキャリパーと大径ローターの組み合わせは過酷なサーキット走行でも最後まで音を上げることはなく、信頼性できる制動力を発揮してくれた。

 

もちろんパフォーマンスを向上した空冷式のツインターボエンジンは低回転から高回転域までストレスなく回りきり、足まわりの味付けも素晴らしかった。乗るほどに完成されたクルマだと感心させられたね。その「安定感」の理由のひとつは、この個体が世界で唯一のEKS+4WDだったことが大きかったと思う。今思えば希少な「スノーフェアリー」をもっと大切にしておけば良かったと反省しております(笑)。

 

実際に自分の愛車になったCTRIIは「速くて快適」なんだけど、以前に借りていたBTRの過激さや頭の中でイメージしていた世界最速を記録(※編集部注:1987年に339.6km/hをマーク)したイエローバードを越えることはできなかった。RUF CTRIIはオールラウンドプレイヤーだったが、良くできていればいるほど何か刺激を欲っしてしまうのはボクの悪いクセ・・・。若かったんだねー。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIと池沢先生、ポール・フレール氏

池沢先生のRUF CTRIIを取材で撮影していた現場に、日本のRUF正規代理店を務めていた石田エンジニアリングの石田社長がポール・フレール氏を伴って登場。CTRIIについてしばし意見を交わしたという。

 

RUFには数々の思い出があるんだけど、特に嬉しかったのはRUFの日本代理店でもある石田エンジニアリングの社長(※編集部注:当時社長を務めていた石田長造氏)が来日中のポール・フレールさんに逢わせてくれたこと。彼はフェラーリのF1ドライバーとして活躍し、さらにメルセデスやポルシェなどでもレース参戦していた。その後に自動車ジャーナリストとして世界中の自動車雑誌で執筆していた自動車界のカリスマだ。カーグラフィックの小林彰太郎さんとも交流があり、CG誌でも「FROM EUROPE」というコラムを連載していたので知っている人も多いと思う。

 

ポールさんはボクが尊敬していた数少ない人。1960年のル・マンではフェラーリ250TRで優勝していることもあり、フェラーリ好きにとっては神様のような存在だからね。そして長年ポルシェを愛車にしていたこともよく知られている。ちなみにRUFを率いるアロイス・ルーフ氏とは友人関係であったらしい。

 

そんな憧れの人がボクのRUF CTRIIを見た瞬間に「リヤバンパーが日本仕様ではないから、アメリカから持ってきたんだね」って見破った。その時「この方は本当にクルマのことをめちゃくちゃ幅広く知っているんだなぁ」と感心し、その目に愛情が溢れていたのを思い出す。そしてこのときにポールさんに強烈なシンパシーを感じてしまった。RUFを通して憧れの人に出逢えたことはボクにとってとても大きな宝物になっている。今でも鮮明に覚えている良き思い出だ。

 

最近ではRUFのニュースが少ないけど、RUFの走行会は富士スピードウェイで年に数回行っている。ボクは何度か参加したけど、また一緒に走りたい気分になってきたよ。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIのフロントスタイル

市販車世界最速を記録したRUF CTR“イエローバード”の後継として1997年にデビューしたCTRII。写真は池沢先生が所有していた“スノーフェアリー”と呼ばれる個体。

 

RUF CTRII

ルーフ CTRII

 

GENROQ Web解説:最速のコンプリートポルシェ、RUF

 

1939年、アロイス・ルーフ(シニア)によって創設された「ルーフ・オートモビル」。設立当初はフォルクスワーゲン タイプIやポルシェの整備と修理、レストアを主な業務としていた。特にレストアでは驚くような仕上がりを誇り、ポルシェフリークから高い評判を得ることとなる。

 

その後、ボディのコーチワークと共にオリジナルのチューニングメニューを開発し、チューナーとしての評価を高め、自社製のパーツを込み込んだ911ベースのコンプリートモデルの発売も開始する。現在のRUFを率いるアロイス・ルーフ(ジュニア)の代になってからその成長は加速し、1981年にはその類稀なる技術力を基にドイツ連邦車両局から自動車メーカーとしての認証を得るまでなった。

 

RUFが注目されたきっかけは、1987年に当時の公道モデル世界最高速度である339.6km/hをマークし、後に342km/hへと記録を更新した初代CTRの活躍だ。「イエローバード」と呼ばれるCTRはポルシェ911(タイプ930ターボ)のスタイルを持ちながらも、メカニカルな部分の大半が自社製パーツで構成されている。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRII走行シーン

CTRIIは合計30台生産されているが、4WDとEKSの組み合わせはこのスノーフェアリーのみだという。アメリカマーケットを意識したCTRIIは、初代のスパルタンさが薄れてGT寄りのキャラクターに仕上がっていた。

 

その独特のフォルムに華美さはなく、ルーフ上のレインレールを削ぎ落とし、冷却効率を優先させたフロントバンパー、空気抵抗を最小限に抑えるサイドミラーなど機能性を追求した硬派なスタイルが与えられていた。空冷RR方式のパワーユニットは3.3リッターの排気量はそのままに、ツインターボで武装することで469psの最高出力を発揮する。

 

1997年、初代CTRのDNAを受け継ぐように登場した2世代目モデルがCTRIIだ。使用されるベース車両はタイプ964ではなくタイプ993となり、ボディサイズは全長4290×全幅1735×全高1275mm、ホイールベースは2272mm、車重は1450kgを計上する。

 

初代モデルのCTRと同様に生産台数は限定で、最終的な台数はCTRより1台多い30台と言われている。メカニカルパーツの約60%がRUFオリジナルとなり、基本構成は初代モデルと同じく空冷フラット6エンジンをツインターボ化することで520psの最高出力と648Nmの最大トルクを発揮。最高速度は340km/h、0-100km/h加速は3.6秒と発表されている。

 

ラインナップは6速MTだけでなく、EKSと呼ばれる電動クラッチを使用した2ペダルモデルも存在し、より多様化が図られている。外観は初代CTRとは異なりエアロダイナミズムを発揮するフロントスポイラーや、インタークラーへとフレッシュエアーを導く巨大なリヤウイングが与えられ、見た目のインパクトも大きく変更されている。

 

池沢早人師が愛したクルマたち第8回、RUF CTRIIのリヤスタイル

959のデザインにも通ずる巨大なリヤスポイラーとバンパーに穿たれたスリットが特徴的。いかにも剛性の高そうな5スポークタイプの19インチホイールはマグネシウム製だ。

 

現行モデルとなるCTR3はベースモデルをタイプ997の911とし、レイアウト方式も水冷フラット6エンジンをMRへと変更。3世代目モデルは通例の30台限定ではなく量産型となり、そのスタイルもオリジナリティに溢れたものだ。前後フェンダー、サイドシル、エアーインテーク、トランクフードを全てカーボン製へと改め、そのボディラインはベース車両である997型911とは一線を画する。

 

また、2012年にはマイナーチェンジが施され「CTR3 クラブスポーツ」として販売。CTR3は700psの最高出力を発揮し、マイナーチェンジ後の「CTR3 クラブスポーツ」は最高出力を777psへと向上し380km/hの最高速度を叩き出す。

 

RUFはポルシェのチューングカーではない。唯一無二の自動車メーカーとして、世界を代表するスポーツカーの最高峰に君臨する。ポルシェに似て非なるモノ。走るために生まれてきた珠玉のモデルは多くの自動車ファンを魅了し続けている。

 

 

TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)

 

 

【関連リンク】

・池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第1回 特別対談:清水草一(前編)】

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・池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第2回 特別対談:清水草一(後編)】

https://genroq.jp/2019/11/51799/

 

・池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第3回:フェラーリ348】

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・池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第4回:狼の愛車、NSX】

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