アストンマーティン ヴァンテージの生誕70周年にピュアスポーツの歴代モデルをふり返る【DB2編】

公開日 : 2020/03/24 11:55 最終更新日 : 2020/03/24 21:17


アストンマーティン ヴァンテージの70周年 モデル集合イメージ

Aston Martin DB2 Vantage specification

アストンマーティン DB2 ヴァンテージ 仕様

 

 

ヴァンテージの物語は1950年に始まった

 

アストンマーティンのピュアスポーツ精神を体現するモデル、ヴァンテージが生誕70周年を迎える。1950年に誕生したDB2のヴァンテージを原点に、現在までの70年にわたり3万6000台がハンドビルドで生産されてきた。

 

アストンマーティンが連綿と繋ぎ続けたスポーツカーの系譜を、70周年を機に振り返ってみたい。

 

アストンマーティン DB2 ヴァンテージ

1950年にDB2の強化モデルとして登場したヴァンテージ仕様。スポーツカー愛好家、レース関係者から注目を集めた。

 

大径キャブレター搭載で125hpを発生

 

当初、ヴァンテージは強化エンジンを搭載した高性能版に与えられた名前だった。「vantage(優越した状態)」の単語をモデル名に初めて冠したのは、1950年に登場したDB2の高性能仕様である。

 

DB2 ヴァンテージ仕様にはラゴンダ製の2.6リッター直列6気筒DOHCエンジンに大径のSUキャブレター(HV6タイプ)を装備、8.16:1という高い圧縮比に設定して標準モデル比で20hp強化した125hp/5000rpmを発生。そこに4速マニュアルトランスミッションを組み合わせた。

 

アストンマーティン DB2 ヴァンテージのインストゥルメントパネルイメージ

2.6リッター水冷直列6気筒DOHCエンジンには、4速マニュアルトランスミッションを組み合わせる。

 

アウトウニオンの名設計者が開発に関与

 

クーペ、及びオープントップのボディタイプをラインナップしたDB2 ヴァンテージはミドルセックス州(当時)フェルサムにあったアストンマーティンの工場で生産された。作られた台数は250台に満たないものの、いまも多くのDB2 ヴァンテージは走行可能な状態で保存されているという。

 

初期のヴァンテージの開発プログラムには、社内の多くのエンジニアやデザイナーが関わった。同社のヘリテージトラストのアーカイブに保存されているバルブタイミングの試験に関連する技術論文には、プロジェクトの統括として著名なレーシングカーデザイナーでも知られるロバート・エベラン・フォン・エベホルストの名が記されている。アウトウニオンでタイプDを設計した名エンジニアであり、アストンマーティンではDB3やDB3Sも手掛けた。

 

アストンマーティン DB2 ヴァンテージのエンジンイメージ

大径のキャブレター搭載と高圧縮比の採用で、標準車比プラス20hpのパワーアップを図った“ヴァンテージ”エンジン。

 

ル・マンで鍛え上げた特別な心臓

 

1951年に英国アールズコートで開催されたモーターショーのプレスリリースでは、こう説明されている。

 

「1951年のアールズコートには2台のアストンマーティン DB2サルーンが展示されます。1台は標準のエンジンを搭載していますが、もう1台には昨年と今年のル・マンで高速走行における確かな信頼性を披露した“ヴァンテージ”エンジンを搭載しています」

 

アストンマーティン DB2 ヴァンテージのリヤビュー

ドロップヘッドクーペ(オープンモデル)と合わせて全248台が生産された。

 

スポーツカー愛好家やレース関係者の間で注目を集めたDB2 ヴァンテージ。ル・マンで鍛え上げたエンジンを搭載したスポーツカーは、セブリングなど様々なレースシーンで活躍した。シャシーナンバーLML/50/21はアメリカの大富豪ブリッグス・カニンガムが最初のオーナーである。