サファリ・ラリーとヒストリック・ポルシェのエキスパート、リチャード・タットヒルという男【動画】

タットヒルのサファリ用ポルシェ

イーストアフリカン・サファリ・ラリーに魅せられて

 

2003年にスタートした「イーストアフリカン・サファリ・ラリー・クラシック(East African Safari Rally Classic)」には、あの特徴的な乾いたボクサーサウンドが響き渡っている。そんな空冷ポルシェを手がけているのが、今回紹介する「タットヒル・ポルシェ(Tuthill Porsche)」だ。

 

寒い冬の朝、英国・オックスフォードシャーの落ち着いた村、ワーディントン。巨大なコンテナトレーラーが周囲の生垣を揺らしながら、ゆっくりと狭いアクセス路を通過していく。数分後には別のトレーラーが到着。トレーラーのシルバーのコンテナには、紛れもないあの特徴的な911のイラストが描かれていた。その下には「Tuthill Porsche」のロゴがある。

 

ヒストリック・ポルシェ・ファン、特にラリー好きにとって「タットヒル」の名前は義務教育レベルの常識と言えるかもしれない。

 

タットヒルは1970年代後半から356と911を使い、小規模なプライベーターながらも注目すべき活動を続けていた。そして、WRCでポルシェのワークスチームとして参戦していたプロドライブ(Prodrive)と、911 SC RSのボディシェル製作の契約を結ぶ。その後、40年間の月日を経てタットヒルは経験を蓄積、今やラリー用空冷ポルシェの第一人者と呼ばれるまでに成長している。

 

コンテナ内のポルシェ 911

アフリカから戻ってきたコンテナに詰められているのは、2019年の11月27日から12月6日まで開催されていた「イーストアフリカン・サファリ・ラリー・クラシック」に参戦していたマシンとパーツ類だ。

 

アフリカから帰ってきた6つの巨大コンテナ

 

まだ凍結しているバックヤードに降ろされた6つのコンテナ。これらは、WRCに匹敵する規模と盛り上がりを見せているイーストアフリカン・サファリ・ラリー・クラシックから帰ってきたラリーカーや資材たちだ。2019年に行われた同イベントにおいて勝利し、タットヒル・ポルシェは通算4回目のチャンピオントロフィーを手にした。

 

12mコンテナはクリスマス前にアフリカから輸送されたものだ。ドアを開けると、そこで何が行われてきたかが分かるだろう。スペアパーツ、タイヤ、ホイール・・・アフリカの荒地を9日間も走破してきた名残が、うず高く積み上げられている。

 

赤いケニアの大地を駆け抜けた結果、泥にまみれテープで応急処置を施されたポルシェの姿もあった。ボロボロに壊れ、一部のパーツは取り外されてもうそこにはない。しかしコンテナの暗闇からも、アフリカの大地から生還した輝きが見て取れる。

 

タットヒル・ポルシェのCEO、リチャード・タットヒル

最後のWRC開催となった2002年の翌年、2003年からヒストリックイベントとして復活したサファリ・ラリー。ヒストリックラリーとしてはこれまでに7回の開催を数えている。ヒストリック・ポルシェのエキスパートとして、リチャード・タットヒルはすべてのラリーに携わっている。

 

2003年以降2年おきにヒストリックイベントとして開催

 

イーストアフリカン・サファリ・ラリーは、いわゆる「サファリ・ラリー」として、2002年までは世界ラリー選手権(WRC)の一戦として開催されてきた。そして2003年以降はヒストリックイベントとして行われている。

 

エントリーできるのは、1986年以前に製造されたラリーカーをドライブするプライベーターのみ。ケニアとタンザニアにまたがる荒野を走るルートは数千kmを超え、極端な暑さと湿気の中ドライバーとコ・ドライバーは非常に長い距離を走行。物理的にもロジスティクスの面でも非常にタフなイベントとして知られている。それでもリチャード・タットヒルと仲間たちは、アフリカの魅力に取り憑かれてしまった。

 

ちなみに2002年を最後にWRC開催がなかったサファリだが、今年2020年は18年ぶりにWRCカレンダーに復帰を果たしている。

 

タットヒルのサファリ用ポルシェ365

もはやミュージアムに収められていてもおかしくない貴重なクルマでありながら、ケニアやタンザニアの悪路を本気で走るイーストアフリカン・サファリ・ラリー・クラシック。タットヒルは、ここに911や356など、10台のラリーカーを送り込んでいる。

 

10台のポルシェをラリーに送り込むタットヒル

 

最初のコンテナを開けたリチャードは、ほぼ2ヵ月間日光が当たっていなかった貨物を検査する。

 

今回のラリーにタットヒルは10台のポルシェを送り込んでおり、そのうち8台が英国に戻ってきた。タットヒルのサファリにおける主力車種は911 Gシリーズで、製造から半世紀近くを経ているラリーカーも多い。これらのモデルには3.0リッター自然吸気フラット6に、915型マニュアルトランスミッションが組み合わされている。

 

彼らが運用するポルシェはまさにヒストリックカーそのものであり、一般的なオーナーなら週末のドライブにすら気を遣う存在だろう。しかし、タットヒルはそれをアフリカの大地で走り倒しているのだ。

 

チームは10台のラリーカーに加えて、リチャードをはじめとするマネージメントスタッフ、エンジニア、ドクター、フィジオスタッフ、1台あたり3人のメカニックという総勢30人の大所帯。40~50名のスタッフが、途中1日だけ設けられたレストデイを含む10日間、ケニアとタンザニアを移動する。ヨーロッパで行われるラリーだとしても大変な作業だが、これを遠く離れた別大陸で10台のラリーカーを動かすのだから、ロジスティクスの苦労は気が遠くなるレベルである。

 

リチャード・タットヒルは、チームの状況を以下のように説明してくれた。

 

「私が一元管理はしていますが、個別の10チームとして見ています。1台のラリーカーごとに1基のコンテナがあてがわれていて、タイヤとホイール以外のすべてのものが保管されています。収められているのはジャッキ、スタンド、ジェリー缶、ギヤボックスなど、ラリーに必要なあらゆるものです。スペアパーツの総額は1台あたり10万ユーロくらいですね」

 

サファリ用アニマルガード

厳しい環境のアフリカを全開で走行するため、当然マシンへのダメージは甚大なものとなる。9日間のラリー期間中には、パーツのストックがギリギリになる場合もあるという。

 

現地でリビルドを繰り返しパーツを供給

 

いわゆる母船とも言える、タットヒル・ポルシェのコンテナもある。そこにはスペアのスペアが確保されており、毎晩それぞれの車両担当のメカニックが訪れて不足分を受け取るようになっている。

 

「例えば『3組のブレーキパッド、右フロント用サスペンションストラット!』と言った具合ですね。ステージの走行で壊れた足まわりは、ダンパー専門のメカニックによって一晩でリビルドされます。我々は要求や状況に応じて、ラリー中は常に壊れたパーツもリビルドしています」

 

ただし、このシステムでさえ、需要に追いつかない場合がある。

 

「今回のイベントではメインコントロールアームに関して、自転車操業になってしまいました。4日目までに右フロントに割り当てられた分の60%を使用してしまったのです。誰もが右フロントをヒットしまくったんですよ(笑)。あちこちから問い合わせが殺到という感じですね。ある年はギヤボックスのスペアを使い果たし、ボロボロに壊れたギヤボックスをリビルドしたこともありました」

 

静かに語るリチャードは、タットヒル・ポルシェのCEOとしてラリーの現場に落ち着いたエネルギーを吹き込む存在だ。しかし、アフリカの荒れた大地で915型トランスミッションをリビルドすることは可能なのだろうか。

 

「やるしかないんですよ(笑)。2017年のイベントで、スティグ・ブロンクビストはエンジントラブルを抱えていました。エンジントラブルが大好物なんてやつはこの世に存在しませんが、メカニックは13分でエンジンとギヤボックスを交換しました。この時は新しいエンジンを運んでくるために、6時間も夜通しドライブしましたからね」

 

リチャードが午前3時か4時にサービスパークに到着した際、古いエンジンとギヤボックスは地面に置かれ、今か今かと交換を待っていたという。

 

タットヒルのサファリ用ポルシェ911

リヤエンジンによる抜群のトラクションや、独立懸架による絶妙なサスペンションストローク。1986年までのラリーカーが参戦できる規定において、より新しいラリーカーは存在するが、今もなおアフリカにおいて911以上の存在はないという。

 

理想的なラリーカーのレイアウトを持つポルシェ 911

 

ラリーフィールドで30年以上も泥だらけになってきたリチャードにとって、ヒストリック911ほど夢中になれる存在はないという。彼が説明するように、ラリーに適したこれ以上の車両はそうそうない。

 

「リヤエンジンレイアウトのためトラクションが強力です。3.0リッターフラット6はトルクも太い。理想的なコーナリングを実現する独立懸架サスペンションと剛性の高いモノコックボディシェル。これが1973年製というのだから驚きです」

 

「ここには5基のエンジンがありますが、すべてがオリジナルクランク、オリジナルケース、オリジナルヘッドを備えています。ラリーカーを作る際、ポルシェが行ってきたことを無視すると大きな間違いとなります。彼らは製品として送り出した段階で、すべてピッタリと完璧に誂えているのです」

 

肌寒い英国の早朝、ラリーを走りきったポルシェたちの状態を見れば、基本の設計思想に現在の専門知識を加えたことでラリーカーが成立していることを理解できるだろう。

 

「クルマがアフリカから壊れて戻ってくるという誤解があります。もちろんドライバーが何かにヒットして、サービスに戻ってくることはあります。誰とは言いませんが、あるドライバーはアフリカであらゆる物にぶつかってきたことがあります(笑)。でも適切にドライブすればラリーに勝つことができるだけでなく、新品のような状態でフィニッシュもできるんです」

 

タットヒルのサファリ用ポルシェ

30年以上、アフリカでラリーを戦い続けているリチャード・タットヒルだが、過酷なラリーに魅せられているからこそ「2年に1回くらいの頻度がちょうどいい」と答えられるのかもしれない。

 

得難い魅力を持つアフリカの大地とはいえ・・・

 

ここに置かれたポルシェの多くは、次の冒険に向かう前にエンジンがリビルドされることはない。それこそがタットヒルがいかに現地で正確に整備し、ポルシェの基本設計が素晴らしいかを証明していると言えるかもしれない。それでもなお、ケニアで行われるサービスのほとんどが夜間であることを考えると、正しい作業が行なわれていることに驚きを隠せない。

 

「ナイトサービスに備えていますからね。大光量のライトもありますし、メカニックもヘッドトーチを頭に付けて作業しています。でも、時々、誰が何をやっているのか分からなくなる時があります(笑)」

 

「ラリーはひとりの人間にかかる比重が非常に高いスポーツです。このイベントのために3~6週間を費やしフィニッシュすると、これ以上の感動はあり得ないと分かります。そして、感謝の気持ちが溢れるのです。我々のチームは規格外の連中ばかりです、そしてその雰囲気は最高です」

 

最後にリチャードは、こう付け加えた。

 

「イーストアフリカン・サファリ・ラリー・クラシックが、2年ごとに開催されるのはいいことです。今、チームメンバーに『ケニアに戻りたいか?』と尋ねたら誰も答えられないでしょう(笑)。『もう一度、あの場所に行きたい』と思うには、やっぱり少なくとも半年から1年は必要なんです」