南半球でポルシェ愛を燃え上がらせる男、ポール・ヒギンズのコレクション

公開日 : 2020/03/30 17:55 最終更新日 : 2020/03/30 17:55


ポルシェ 356 B ロードスターと356 A スーパークーペ

Porsche 356 B Roadster & 356 A Super Coupe

ポルシェ 356 B ロードスター & 356 A スーパークーペ

 

 

中古で手に入れた最初のポルシェ911

 

ポール・ヒギンズは、南半球のニュージーランド・オークランドで情熱を追い続けている。世界中のポルシェ・ファンからの問い合わせで、彼の電話がなりやむことはない。

 

「私が訪れた輸入車のショールームは、ドイツ車、特にポルシェを専門に扱っていました。でも、頭のてっぺんからつま先までジロジロ見られた後、『こいつはこのクルマを買えないな』と判断したようです(笑)」と、ヒギンズは、ポルシェとの最初の出会いを振り返った。

 

「それで、踵を返して『クラーク・オブ・カイバー・パス(Clarks of Khyber Pass)』まで、歩いて行きました。そこには何台か素敵な中古車が並んでいたのです。そして、完璧なコンディションの1980年製911 SC と出会ったのです。左ハンドル仕様だったので、それほど高価ではありませんでした。そして、クラークは私に『この週末に911をドライブしてみて、月曜日に判断してくれ』と言ってくれました」

 

「1985年のことですから、私は30歳を越えたばかり。建築家として仕事が軌道に乗りつつあった私はポルシェに夢中になりました。シンプルなデザイン、流れるようなフォルム、完璧なプロポーション、余分な装飾的ギミックは一切ありません。どの角度から見ても911はすべてが完璧に見えました。そして軽快なドライビングフィール、最高のエンジンサウンド、ドイツの技術の粋を集めたモデルです」

 

「家に911を乗って帰ると、妊娠していた妻はスポーツカーを見て特に感動もしませんでした。私たちにはすでに男の子がふたりいて、3人目の誕生が間近に迫っていました。彼女は『もし女の子だったら、ポルシェを買ってもいいわよ』と言ってくれたのです。彼女は3人目がまた男の子だと確信していたのでしょう(笑)。私たちの長女は数日後の午前1時半に生まれました。そして、その日の午前7時半には、お店の開店をイソイソと待っていました」

 

空冷エンジンの魅力を語るポール・ヒギンズ

建築家のポール・ヒギンズ(左)のポルシェ・コレクションは911 SCからスタートし、356を経てついにはプロトタイプレーシングカーを手に入れるまでに至った。

 

空冷ポルシェがズラリと並ぶヒギンズのコレクション

 

ヒギンズのポルシェへの静かな情熱は、その後数十年を経ても燃え続けた。

 

彼は911 SCでクラブマンレースに出場し、その後、愛車を911 3.3リッターターボに変更する。このクルマでもウェリントンの市街地レースに参加。コネクティングロッドがエンジンブロックを貫通したりしたものの順調に月日を重ね、1988年12月には1971年製911 カレラ RS 2.7が、彼の小さなコレクションに加わった。グランプリホワイトのRS 2.7は、今でも最初のターボとともにコレクションホールに飾られている。

 

さらに、ヒギンズは1997年から1999年にかけて911 RSR 3.8で、ふたつの国内タイトルを獲得。彼は自身が所有するポルシェたちを手放すつもりは一切ない。ホールの壁にはレースを走るポルシェのポスターが何枚も貼られており、その一番端には1970年のル・マン24時間レースで勝利した、カーナンバー23の917ショートテールの巨大な写真が飾られている。

 

壁の左側には、PCを備えた小さなデスクがあり、この後ろにはポルシェに関する資料を集めたライブラリがある。友人が所有する赤いベスパは、ここにある唯一のイタリア製だ。

 

貴重なコレクションには、スウェーデンで見つかった1957年製356 カレラ GS 1500、オーストラリアから来た1958年製356 Aスーパークーペ、カリフォルニアで購入された1961年製356 Bロードスターなど、今では911だけでなく356も加えられた。取材日にいなかったのは、F1マシンのレイトンハウス マーチCG891と、1950年製356 A 1600“ロイター・カブリオレ”の2台だ。

 

ポール・ヒギンズのポルシェ・コレクション

当初、911の魅力に取り憑かれていたヒギンズにとって、356は「古いポルシェ」という印象だった。しかし、ツーリングイベントで356を半日ドライブしたことで、その魅力に開眼したという。

 

911の始祖、356との運命的な出会い

 

ヒギンズが911より前のポルシェへの魅力に気がついたのは、少し経ってからだったという。

 

「私は常に911マニアであって、356はただ“古いクルマ”だと思っていました。ところが2005年にポルシェ・クラブ・ニュージーランドからニュージーランド北島イーストケープに向かうツーリングの招待が届き、その際に友人がブラックのボディカラーにホワイトリボンタイヤ付きの1958年製356クーペを貸してくれたのです。それは本当に美しいクルマでした」

 

「妻と私はオークランドからネーピアまで、5時間のツーリングを堪能しました。その行程の半分くらいで、もう356のトリコになっていました(笑)。長いハイスピードコーナーでのハンドリングは本当に印象的です! ヒストリックカーと呼ばれる存在なのに、他のクルマを邪魔することなく楽しくドライブできます。でも、急なコーナーではやっぱり356のステアリングはかなり重いんですけどね」

 

「1950年代のクルマということを考えれば、この快適性は本当に素晴らしかった。このツーリングから戻るとひとつの事実が明らかになりました。『356を所有しなければならない』と。しかし、それは簡単ではありません。スピードスター?・・・高すぎる。ならばコンバーチブル?  カリフォルニアまで見に行きましたが、買う気にはなれませんでした」

 

ヒギンズはその後、アメリカ西海岸を拠点にポルシェのレストアビジネスを手がけるジョン・ウィルホイットと出会う。彼は1961年製356 BロードスターT5を所有していた。

 

「このロードスターを、私はすごく魅力的に感じました。ビス留めされたフロントガラスや特徴的なダッシュボード、それほど贅沢な仕様ではなく、カブリオレよりもスピードスターに近い存在です。そしてこのロードスターはお手頃な価格でした。その理由は誰かが事故を起こした後、フェンダーとホイールを356 プリAのスタイルに変更していたからです。私は2006年にこの356を購入し、オリジナルへのレストアを計画していたところ、2009年に後ろから追突されてしまったのです。それで結果的に修理を施し、本来あるべき姿に戻りました」

 

ポルシェ 356 B ロードスターと356 A スーパークーペ

常に世界中のポルシェ取引情報をチェックしているヒギンズは、356 A 1500 GSカレラをインターネットで発見する。すでにこのクルマに関してはレプリカプロジェクトがスタートしていたが、オーナーと掛け合い、手に入れることに成功する。

 

スウェーデンで見つけた356 A 1500 GSカレラ

 

「クリスマス直前、1957年製356 A 1500 GSカレラをインターネットで発見した時、まだ、私はシグナルレッドのロードスターを手に入れていませんでした」

 

ヒギンズは、その数ヵ月前にお目当の356 クーペをインターネットで見つけていたが、その後どうなったのか見失っていた。そして、この時点で地球の裏側のスウェーデンにあることが分かったという。エンジンは取り外され、木箱の中に収められていた。インテリアトリムは剥がされ、ワイヤーハーネス、ウインドウ類、電気系パーツ、ブレーキなどもその木箱に入っていた。

 

「ポルシェ・クラブ・スウェーデンの会長を通してオーナーに連絡しました。 当時、彼は2.0リッターの356 カレラ2を3台と、私が発見した356 A 1500 GSカレラを所有していました。しかしそのどれもが走れる状態にはありませんでした。彼は1955年にスウェーデンで行われたミッドナイト・サン・ラリーのウィナー車両のレプリカを作ろうとしていました。そして、その作業はすでにスタートしていたのです」

 

オークランドとスウェーデンをつないだ電話は約75分間続いた。そしてヒギンズは所有者のエリックに「1500 GSを売って、他のポルシェのレストア費用に充てる」と、納得させたのだ。

 

2日後、エリックから再び電話があった。ボディペインターがすでに作業をスタートしており、追加で6000ドルが必要だというのである。

 

「私に選択肢はありませんでした。クルマがニュージランドに到着したとき、もう泣きそうになりましたよ(笑)。ペインターは何の事前処理もなく作業したようで、元の塗装を落とすことなくスプレーしていましたから。私はすべての塗装を落とし、ベアメタルの状態にまで戻さなければなりませんでした。エンジンに関してはサンフランシスコ近郊に住むボブ・ガレットソンがなんとかしてくれました。彼とはこのプロジェクトを通じて本当に良い友達になりました」

 

ガレットソンはヒギンズにある提案をした。「私のフライト代を支払ってくれたら、356にエンジンを載せてしっかり動くようにする」と。

 

「それが2010年でした。今や私は356 A 1500 GSカレラのドライブを心から堪能しています。クワッド・カムシャフト・エンジンは宝石のようです。トルクはさほどではありませんが、独特の雰囲気を持っています。確かにエンジンの始動は簡単じゃありません(笑)。でも起動直後にアクセルを踏み込んでも、止まってしまうことはありません。そこにはピュアな喜びが溢れています」

 

ポール・ヒギンズの356 A スーパークーペ

写真の右ハンドル仕様の356 Aスーパークーペを含め、4台の356を所有するヒギンズ。4台目はイタリアでレストアが行われており、南半球最古のポルシェとして、近々このミュージアムに展示される。

 

珍しい右ハンドルの356 Aスーパークーペ

 

3台目の356は、繊細なマイセンブルーの1958年製356 Aスーパークーペだ。ヒギンズのコレクションでは唯一の右ハンドルとなる。

 

「このクルマ、ツッフェンハウゼンからオーストラリアに直接デリバリーされて、1961年に最初のオーナーと一緒にニュージーランドにやってきました。このオーナーがオーストラリアに帰国するとき、この素晴らしいポルシェをニュージーランドに残していくことを決めました」

 

「ところが、ある時点でこのクーペがオーストラリアへに戻されるという噂を聞きました。ニュージーランドでは魅力的なコンディションのAクーペは非常にレアなこともあって、私はそれを止めなければと思ったのです。購入後、私はリペイントしました。このクーペの美しさは特別な魅力を持っています。1ピースのベンチシートを備えた特別な356でもあります」

 

そして、ここにない1950年製カブリオレもあるという。ヒギンズはPCの電源を入れて、写真を見せてくれた。この356 A 1600“ロイター・カブリオレ”は、現在イタリア・ブレッサノーネでペイント作業中だという。

 

「これこそ芸術作品ですよ! 私のコレクションでも屈指の存在になるでしょう。このクルマはミシガン州ニューヘブンのロナルド・ローランドが数年間所有したあと、オランダに売却されたものです。2007年に次男のデイビッドが発見しました。私は見るや否や、もう恋に落ちていましたよ(笑)」

 

このロイター・カブリオレは、シャシーナンバー「5.135」。現在のレカロの前身であるロイター社は、356 カブリオレを12台生産している。

 

「私が知る限り5~6台のロイター・カブリオレが現存していて、3台がレストアされていました。このカブリオレは4番目ですね」

 

レストアは現在終了しており、エクステリアカラーはオリジナルのラジウムグリーン、インテリアはダークグリーンに戻された。そして、南半球で最も古いポルシェとして、このホールに飾られる予定だ。

 

ポール・ヒギンズのポルシェの962C

この962 Cは、ポルシェ系有力プライベーターとして活躍したスイスのブルン・モータースポーツが所有していたもの。ヒギンズはオーバーホールを敢行し、ヒストリックレースでも使えるように仕上げた。

 

異彩を放つプロトタイプレーシングカー、962 C

 

このコレクションで異彩を放っているのが1989年製962 Cだろう。1989年と1990年シーズンにスイスの有力なプライベーター、ブルン・モータースポーツ(Brun Motorsport GmbH)が耐久レースに使用したマシンだ。

 

「私はヒストリックレースが大好きで、907か908を手に入れようとしていました。でも、レーシングドライバーとして成功を収めた長男のアンドリューは『その時代のレーシングカーで参戦したら、死んじゃうよ』と、私に警告しました(笑)」

 

「2015年にラグナセカで行われたレンシュポルト・リユニオン(Rennsport Reunion)では、RSRや962 Cでヒストリックレースを楽しむ人がたくさんいました。『彼らにできるんだから、私にだってできるだろう』と考えました。そして、アンドリューが英国のTCプロトタイプが所有していたカーボンファイバー製シャシーを備えた962 Cを見つけてくれました」

 

「2016年5月に英国でトランスミッションとエンジンのオーバーホールがスタートしました。でも、シャシー、ドライブトレイン、ブレーキ、エレクトリックシステムは、私がやっている会社『クラシック・リバイバル(Classic Revival)』が手がけています」

 

すべての情熱が、このレーシングカーのディテールに込められている。例えば、最新仕様のモーテック製エンジンマネージメントユニットを設置するハウジングは、3Dデジタルプリンタで製作された。このパーツは一見すると、80年代のボッシュ製オリジナルパーツと見分けがつかないだろう。

 

2018年5月の初めにヒギンズは長男のアンドリューと英国のドニントンでシェイクダウンを行い、その後、スパ・クラシックにエントリーした。「私は18年間レースに出走していませんでしたが、スパでは簡単に限界まで達してしまい、そこからは慎重にドライブしましたよ(笑)」と、ヒギンズは目を細める。

 

「招待されたル・マン・クラシックでは、最高の経験をすることができました。ポルシェの70周年ですよ! 妻と私は、目の前の光景が信じられませんでした。世界の裏側からやってきたキウイ(ニュージーランド人)の所有する962 Cが、1987年のル・マン優勝マシンの横に駐められているのですから・・・」

 

しかし、700psの962 Cをサーキットで振り回した男が、たった110psの356で満足できるのだろうか? するとヒギンズは「最高ですよ」と笑う。

 

「356にぴったりの言い回しがあります。『速いクルマをゆっくり運転するよりも、遅いクルマを速く運転する方がずっと楽しい』ってね」