メルセデス・ベンツ 124シリーズをふり返る。自ら「過剰品質」と評したEクラスの偉大なる祖先

公開日 : 2020/03/31 17:55 最終更新日 : 2020/03/31 19:37


メルセデス・ベンツ W124のエステート、サルーン、クーペ3台イメージ

Mercedes-Benz 124 series

メルセデス・ベンツ 124シリーズ

 

 

100万km乗っても壊れないベンツ

 

1984年11月26日、メルセデス・ベンツはスペイン・セビリアで新型のミドルクラスサルーンを発表した。

 

W124。

 

「オーバークオリティ(過剰品質)」「金庫のような剛性感」「100万km乗っても壊れない」。数々の賛辞が捧げられたが、そのいずれもが大げさな虚飾でなかったことは35年の時が証明している。

 

メルセデス・ベンツ W124 フランクフルト・ショーイメージ

1985年のフランクフルト・モーターショーで観衆の注目を一身に集めるW124。

 

W201並の軽量施策とW126レベルの安全性

 

まず発表されたのはサルーンの「200D」、「250D」、「300D」、「200」、「230E(イタリアへの輸出仕様)」、「260E」、「300E」。1984年12月より市場導入をスタートした。追ってエステートのS124が1985年に、クーペのC124が1987年、ロングホイールベース版のV124が1989年、カブリオレのA124が1991年に登場している。

 

W124は1982年に登場した若者向けのコンパクトサルーン、190(W201)と機構を共有し、高張力鋼板をはじめ、軽量化素材の採用といった点も類似している。一方で独自のデザインとエンジニアリングを採用するとともに、より安全性能を高めている。W201はもとより、W126(Sクラス)をベンチマークとして開発された。

 

側面衝突や横転の衝撃から乗員を守る堅牢なキャビン。フロント及びリヤエンドに設けたクラッシャブルゾーン。オーバーラップ率40%のオフセット前面衝突試験の基準もクリア。さらに、対歩行者/サイクリスト傷害軽減を考慮したボディ構造も採用していた。

 

メルセデス・ベンツ W124の風洞実験イメージ

W124は風洞実験の結果にもとづき空力性能を追求。テールエンドの形状などにその知見が反映されている。

 

ブルーノ・サッコやピーター・ファイファーらによるデザイン

 

機能性に重点を置いたW124のデザインは、ブルーノ・サッコ、ヨーゼフ・ガリッツェンドルファー、ピーター・ファイファーが手掛けた。W201と通じる点がありつつも独自の存在感を発揮している。

 

後方に向けて次第に絞られていくラインはリヤエンドの左右上端で円弧を描いているが、これは風洞実験で得た知見を反映させ空気抵抗の低減を図るための施策である。Cd値はW123の0.44から0.29〜0.32(タイヤやエンジン、ラジエーターサイズなどにより異なる)に向上。エステートモデルでは123の0.42から0.34〜0.35に改善している。空力性能アップにより燃費は先代よりも改善した。

 

124シリーズのフェイシアイメージ

合理的で整理整頓された124のダッシュボード周り。必要なものが必要な場所に相応しいカタチで分かりやすく配置されていた。

 

ワイパーやトランクリッドに見る機能美

 

シングルアーム式のワイパーの構造も革新的だった。アームの回転軸に独自のリンク機構を用いることで、フロントウィンドウの86%もの面積を拭き取ることを可能にした。さらに、ヒーテッドフロントウィンドウウォッシャーノズルを全車に標準装備していた。

 

特徴的な台形のトランクリッドは、テールランプの間を斜めにエッジを切り込むことで荷室開口部下端を低くして荷物の積み卸しをしやすくするためのアイデアだった。

 

外観デザインは基本的にシリーズで共通だったが、6気筒モデルはテールパイプが2本出しとなり、300Dやエアコン付きモデルのフロントエプロンにはルーバーのようなエアインレットが刻まれている。

 

メルセデス・ベンツのW201、W124、W126の3台イメージ

1982年にデビューしたW201(190、写真左)、1984年登場のW124(写真中央)、1979年に誕生したW126(Sクラス、写真右)。当時ボードメンバーの一人であったProf. ヴェルナー・ブライトシュベルツ(1983年〜1987年はダイムラー・ベンツAGのCEOを務めた)のもとで開発された。

 

60台を総動員した過酷なテスト走行

 

W124プロジェクトの発足は1977年で、まずは 1:5スケールのクレイモデルが10台分製作された。この時点で目標とされたCd値は0.32。原寸大のクレイモデルが7台作られ、経営陣が最終デザイン案を承認したのが1981年のことだった。

 

最新世代の車両をトータルでテストするべく、メルセデス・ベンツは1982年より一連の衝突試験を開始。60台ほどの車両をもちいて異なる天候のもとで公道試験を行なった。W124は灼熱地帯のアフリカをはじめ、イタリア・ナルドでの高速コース、標高3392mに及ぶスペインのソル・イ・ニエブの高山地帯、カナダやスウェーデン・アリエプローグ、アルプス山脈などあらゆる場所で駆け回った。

 

過酷な開発試験を経たW124は、1984年11月26日から12月8日にスペイン・セルビアで行われたジャーナリスト向けの試乗会に供された。72hpの200Dから190hpの300Eまでずらりと揃えられた車両は専門家の賞賛を獲得。もっとも注目されたのは、新開発の6気筒ガソリンエンジン、M103を搭載した260Eと300Eだった。

 

メルセデス・ベンツW124の4輪駆動メカニズムイメージ

4マティックと呼ぶ4輪駆動採用モデルは1985年に登場した。

 

先進の車両挙動制御システムをはじめとした革新的機構

 

1985年には3種類のディーゼルモデル(200D、250D、300D)、2.0リッターのキャブレター仕様(200)、4種類のインジェクション仕様(200E、 230E、300E)を市場へ導入。その後124はシリーズ化し多彩なモデルを展開していくことになる。

 

1985年以降は6気筒搭載モデルに4輪駆動仕様を設定。電子制御ロッキングデフ(ASD)やトラクションコントロール機構「アクセレレーション・スキッド・コントロール(ASR)」を導入した。

 

1987年にはプレチャンバーと呼ばれる予燃焼室を設けたディーゼルエンジンにターボを装備した300Dを追加。1986年9月からはガソリン仕様に三元触媒コンバーターを標準装備し排出ガス削減に注力している。

 

W124のクラッシュテストイメージ

W124の衝突試験の様子。メルセデス・ベンツは早くからコンパティビリティ・ボディなどの安全設計思想を採り入れていた。

 

ポルシェとタッグを組んだ500E

 

124シリーズはエグゼクティブ層に広く受け入れられたが、その一方でセダンとエステートはタクシーとしても使われ高い信頼性を証明した。また、そのシャシーは救急車両や霊柩車などにも使用されている。

 

さらに、クーペやカブリオレに加え、V8を搭載した279hpの400E、326hpの 500E、さらに381hpのE60AMGといった高性能モデルも輩出している。

 

1990年10月のパリ・サロンに登場した500Eは1991年2月より生産を開始。ポルシェとのコラボレーションにより生まれた特別なモデルは、一見して標準仕様とは明らかに異なる外観を与えられた。500SLに搭載した5.0リッターV8に4速ATを組み合わせ、0-100km/h加速5.9秒という圧倒的なパフォーマンスを誇った。最高速度は250km/hに制御され、フルスロットルでのホイールスピンを防ぐべくASRが標準装備となった。

 

メルセデス・ベンツ 500 Eイメージ

1990年に撮影された「500E」。ポルシェとタッグを組んで生まれた伝説のモデルとしていまも高い人気を誇る。

 

フロントエプロンに嵌め込まれたフォグランプや象徴的なウイングをはじめ、16インチの8穴アルミホイール、225/55ZR16サイズのタイヤ、ノーマル比で23mm低められた車高などが孤高のムードを創出。リヤアクスルには油圧レベライザーが標準装備された。

 

登場時の価格は13万5000ドイツマルク。ボディシェルの最終アッセンブリはシュトゥットガルトのツッフェンハウゼンにあるポルシェで、塗装とデリバリー工程はジンデルフィンゲン工場で行われた。

 

メルセデス・ベンツ C124のクーペモデル。リヤビュー

124にはクーペボディ(C124)もラインナップされていた。写真は1993年式「E320 クーペ」。

 

124からEクラスへ

 

1993年6月、メルセデス・ベンツの新しいモデル名戦略により124はEクラスと名称を変更。同時にラインナップ構成も変更、500EはE500に、200Dは E200 ディーゼルと呼ぶようになった。

 

1995年、ジンデルフィンゲンでのサルーン生産が終了。1996年にはCKD用のパーツキットの製造が段階的に取り止めとなった。

 

11年間で生産されたサルーンの累計は221万3167台。シリーズ全体では273万7860台と、メルセデス・ベンツのベストセラー記録を塗り替えている。

 

メルセデス・ベンツW124のタクシーイメージ

W124はその耐久性の高さや優れた実用性から、エグゼクティブ層だけでなくタクシーなどの商用としても活躍した。写真は1987年に撮影されたシュトゥットガルト中央駅前の様子。

 

いまなお“前途有望”なヤングタイマー

 

ところで現在、124シリーズのトップレンジおよびクーペやカブリオレ仕様はコレクター垂涎の対象となっている。ヒストリックモデルの市場価値を判定する「ヒストリック オートモービル グループ インターナショナル(HAGI)」のメルセデス・ベンツ クラシック インデックスに鑑みてもそれは明らかだ。

 

HAGIはクラシックカーの大手ブランドを専門に扱う独立系市場調査及び出版社。発表する指数は、クラシックカーの市場価格の動きを示すものとして知られる。個人、業者、競売会社のヴィンテージカーすべての取引を中立的立場から判断した結果に基づき、価格のトレンドを業界へ提供。金融分野と同じ手法で調査を行ない弾き出される指数や分析は、『フィナンシャル・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』『ニューヨーク・タイムズ』各紙などでも参照されている。

 

W124のラインナップ集合イメージ

1985年に撮影されたW124の集合カット。左から200D、250D、300D、200、230E、260E、300E。

 

HAGIのディートリッヒ・ハトラパ曰く、V8を積んだ500EのAMGモデル、そしてカブリオレとクーペはもっとも“前途有望”なメルセデスであるという。メルセデス・ベンツ クラシック インデックスの記載がはじまった2011年末に比較すると、2019年9月時点で指標は2倍に膨れあがっているそうだ。