メルセデス AMGについて知っておきたい10のこと。歴史から、まだ見ぬ未来のモデルまで

公開日 : 2020/05/05 11:55 最終更新日 : 2020/05/05 11:55


メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.8 AMGフロントイメージ

独立系チューナーから「ブランド」へ

 

53年前、ドイツにひとつの独立系チューナーが誕生した。AMG。いまやメルセデス・ベンツの高性能モデルの代名詞ともいえるアルファベット3文字は、いかにしてブランドを確立してきたか。

 

創立者のハンス・ヴェルナー・アウフレヒト(Hans Werner Aufrecht)、エンジニアのエアハルト・メルヒャー(Erhard Melcher)、そしてアウフレヒトの生まれ故郷であるグロースアスパッハ(Großaspach)、それぞれの頭文字を組み合わせたAMG。

 

ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトイメージ

AMGの歴史は、グロースアスパッハにあったハンス・ヴェルナー・アウフレヒトの家の工房から始まる。

 

アウフレヒトとメルヒャーのふたりは、かつてダイムラー・ベンツの開発部門でレース用エンジンを手掛けていた。ダイムラー・ベンツがすべてのレース事業から撤退しても彼らの情熱は冷めず、時間を見つけてはグロースアスパッハにあるアウフレヒトの家でエンジンの性能を磨きあげていった。

 

エンジニアのエアハルト・メルヒャーイメージ

AMG草創期を築いたエンジニア、エアハルト・メルヒャー。

 

1965年、ダイムラー・ベンツの同僚であるマンフレート・シーク(Manfred Schiek)が彼らの手掛けたエンジンを積んだ300 SEでドイツ ツーリングカー選手権に参戦。10度の勝利を手にしている。これがアウフレヒトとメルヒャーの実力が知られるきっかけとなり、メルセデス・ベンツ車両の性能を最大限に鍛え上げる専門家としての名声を高めていった。

 

メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.8 AMG スパ-フランコルシャンイメージ

1971年のスパ-フランコルシャンでレースデビューした300 SEL 6.8。総合2位、クラス優勝という記録を叩き出しAMGの名を歴史に刻んだ。

 

メルセデスとAMGの歴史を繋いだ最初の1台

 

メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.3をベースに、アウフレヒトとメルヒャーが仕立てた「レッドピッグ」は最も記憶されるべき1台だろう。排気量を6.8リッターまで拡大し、最終的に428hp&607Nmを発生したモンスターセダンである。ベース車両の性能は247hp&500Nmであり、ふたりによる“鍛錬”がどれほど凄絶だったのかが窺える。

 

パワー増強と並行して広範な軽量化にも挑んでいたが、1971年のスパ24時間でのデビュー時点で最重量級のマシンであった。しかしその初陣で総合2位、クラス優勝という快挙を成し遂げ、AMGの三文字をモータースポーツ史に刻みつけたのである。

 

メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.8 AMG。エンジンコンパートメントイメージ

メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.8 AMGのエンジン。428hp/607Nmを発生した。

 

空気を切り裂く鉄球のような暴力的セダン

 

1986年に登場した「AMG 300 E 5.6」は最高速度303km/hを達成。猛獣のように加速するそのクルマを、アメリカの報道陣は“The Hammer”の愛称を捧げた。空気を切り裂き猛然と進む鉄の塊には、まさしくハンマー投げの鉄球のごとき迫力があった。

 

メルセデス・ベンツ AMG 300 E 6.0 フロントイメージ

アメリカで“The Hammer”と呼ばれたAMG 300 E 5.6(写真は6.0バージョン)。

 

「メルセデスのディーラーでAMGが買える」時代へ

 

1990年にAMGはダイムラー・ベンツAGと協力協定を締結。メルセデス・ベンツの直営店や特約販売店といった世界中のネットワークを通じてAMGモデルが売られるようになった。

 

そして1993年、初の共同開発モデル「C 36 AMG」が登場。北米で公式に販売された初のAMGでもある(北米発売は1995年)。同年、特許庁がAMGの商標を認定している。

 

1999年1月1日にアウフレヒトは会社の株の過半数をダイムラー・クライスラーAGへ譲渡。2005年にはダイムラー・クライスラーが株式を100%取得し、同時にAMGのもつブランド力や人材、知見などといった魅力的なリソースを獲得することになった。

 

メルセデス・ベンツ C 36 AMGリヤビュー

1993年に登場したメルセデスとAMG初の共同開発モデル、C 36 AMG。

 

2020年に蘇る「ブラックシリーズ」の伝説

 

数あるAMGモデルの中でも垂涎の的となっているのが、やはりブラックシリーズだ。サーキットに照準を定めて開発される特別なシリーズは、生産台数の少なさとストイックな性質から伝説化してきた。

 

これまでに登場したブラックシリーズはたった5モデルのみ。CLK 63 ブラックシリーズ、SL 65 ブラックシリーズ、SLS ブラックシリーズ、SLK 55 ブラックシリーズである。

 

しかし、まもなく新しい伝説が加わるといわれている。GT ブラックシリーズの登場は2020年後半を予定しているそうだ。

 

SL 65 AMG ブラックシリーズ 正面イメージ

日本へは2008年に12台限定で上陸したSL 65 AMG ブラックシリーズ。価格は4880万円だった。

 

ガルウィングドア独自の“安全機構”

 

メルセデス・ベンツのサブブランドとしてAMGが初めて完全独自開発したモデルが2009年発売のSLS AMGであり、2015年のAMG GT 2ドア、2019年のAMG GT 4ドアがそれに続いている。

 

新世代AMGの象徴ともいえるSLS AMGは、1954年〜1957年に生産された300 SLにオマージュを捧げるモデルとして「ガルウィング」ドアを採用。このガルウィングには、“万が一”の安全をつねに重視するメルセデス・ベンツらしい機能を取り入れられていた。すなわち、転覆時などにドアが開かなくなってしまった場合、小さなふたつのカプセルを爆発させてドアを強制的に開いて脱出を助けるというシステムである。

 

メルセデス・ベンツ SLS AMG ガルウィングドアイメージ

新生AMGが生んだ独自開発モデルSLSは300 SLにオマージュを捧げるガルウィングドアを採用した。

 

AMGの名前を冠するモーターボート

 

2007年から、メルセデス-AMGはアメリカのスポーツボートメーカーであるシガレット レーシングとパートナーシップを締結。特別仕様のパワーボートを12モデルを輩出している。

 

2020年2月に開催されたマイアミ国際ボートショーでは、コラボレーション最新作「チーム59 Tirrana AMGエディション」を公開。そのモチーフを取り入れたメルセデス-AMG G 63 シガレット エディションも披露した。

 

チーム59 Tirrana AMGエディションおよびメルセデス-AMG G 63 シガレット エディションイメージ

アメリカのスポーツボートメーカー、シガレット・レーシングとパートナーシップを組むAMG。AMGの名を冠した特別仕様ボートも12回登場している。写真は最新作「チーム59 Tirrana AMGエディション」。

 

ワンマン・ワンエンジンの掟

 

純粋なるAMGモデルに貫かれてきたのが「One man, one engine(一人が1基のエンジンを作る)」という哲学。エンジン製造工程の最初から最後までを、一人のマイスターが手組みで行なうことで厳しい品質を維持し続けてきた。

 

ひとつひとつのエンジンには、組み立てた匠自身のサインが誇らしげにプレートとなり掲げられている。

 

アファルターバッハ工場イメージ

「One man, one engine」の哲学を貫き、手組みで仕上げられるAMG伝統の製法がいまだに受け継がれている。

 

「2人」から「1800人」へ

 

グロースアスパッハにあるアウフレヒトの家で、たったふたりきりの男たちによって始まったAMG。現在はシュトゥットガルト北東に位置するアファルターバッハを本拠地とし、経営陣から管理部門、販売、開発、デザイン、エンジンの組立部門まで含めて約1800人ものスタッフがAMGを日々守り続けている。

 

アファルターバッハイメージ

アファルターバッハの広大な敷地でAMGのものづくりに日々従事するスタッフはおよそ1800人を数える。

 

史上最強のAMGは1000馬力超のHVハイパーカーに

 

2017年、メルセデス-AMG創立50周年の節目に発表されたハイパーカーが「メルセデス-AMG プロジェクト ワン(Project ONE)」。F1ハイブリッド技術を活用した史上最強のAMGモデルとして、最高出力1000hp超え、最高速度350km/hを標榜する。

 

メルセデス-AMG プロジェクト ONE走行イメージ

メルセデス-AMG プロジェクト ONEとして2017年にスタートしたハイパーHV計画。写真は2018年9月に撮影されたプロトタイプの走行シーン。

 

市販を目指し開発が続けられている模様で、2019年12月にはルイス・ハミルトンが「プロジェクト ワン」の開発現場を訪れる特別ムービーを公開。テストコースを走る様子やエンジンサウンドを確認することができる。