ニュルで触れたポルシェのドライビング哲学【清水和夫のポルシェに乗らずに死ねるか】

公開日 : 2020/07/04 17:55 最終更新日 : 2020/07/04 17:55

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ポルシェならではのドラテクを学ぶ

 

今回はポルシェのクルマ作りの意外な考えに遭遇したネタから話しを進めることにする。

 

18歳でクルマに乗り始めたころ、大学で知り合った友人からラリーやレースを見に行こうと誘われ、山路やサーキットに通うようになった。自分も速く走りたくなり、その時から猛特訓が始まった。峠を走ると、友人からシフトダウンがぎこちないと言われた。友人のお兄さんはラリーを走っていたので、もっとスムーズにシフトダウンしているとのこと。そのときに「ヒール&トゥ」というテクニックの存在を知った。今から45年も前のことだ。

 

清水和夫のポルシェに乗らずに死ねるか、ABCペダル

マニュアルトランスミッションのABC(アクセル/ブレーキ/クラッチ)ペダル。エンジンの回転数を保ちながら減速して最適なシフトチェンジを促す「ヒール&トゥ」は、スポーツ走行には不可欠なテクニックだった。

 

若かりし頃、ヒール&トゥ習得に没頭

 

ふと足元を見ると、自分の足が二本しかないのに、ペダルが3つもあって困った。どうやってシフトダウンするのか? 本に書かれているヒール&トゥからマスターすることになった。山手通りから246号線に合流する誘導路があり、上り左ヘアピンで練習した。3速ギヤで進入し、ブレーキとアクセルを同時に踏むテクニックだ。

 

その数十年後に分かったことだが、ヒール&トゥというテクニックを日本に伝道したのは、あの生沢 徹さんだった。戦後日本のレースドライバーの一期生は生沢 徹さんや式場壮吉さんたち。千葉県の船橋にあったサーキットでデビューし、その後、鈴鹿サーキットで開催された日本グランプリに出場している。

 

なにを行うにしても几帳面な生沢さんは、英国のジム・ラッセル・レーシングスクールに留学し、レーステクニックの基礎を学んだ。その時にヒール&トゥというテクニックをマスターし、日本に伝道したと言われている。まるでキリスト教を長崎から伝えたポルトガル人のフランシスコ・ザビエルに似ているではないか。私はそのテクニックを徹底的にマスターすることに没頭した。時にはペダルの形状も工夫して改造した。

 

清水和夫のポルシェに乗らずに死ねるか、ポルシェ930ターボのフロントスタイル

ニュルでのタイヤテストで用いたポルシェ930ターボは4速MTを搭載。アクセルペダルとブレーキペダルは前後にオフセットされているため、ヒール&トゥはやり難かった。

 

ポルシェのテストドライバーからアドバイスを受ける

 

そして1980年代後半、某タイヤメーカーのテストでポルシェ930ターボをドライブすることになった。場所はニュルブルクリンク。4速MTの930ターボに備わるペダルは、足の小さい私ではヒール&トゥが届かなかった。そこで私は、ニュルブルクリンクのガレージで日本から持ち込んだカマボコの板をアクセルペダルに取り付けて走ろうとした。しかし、それを見たポルシェのテストドライバーはこう言ったのである。

 

ポルシェ「君は何をしているの?」
シミズ「ヒール&トゥでペダルに届かないから工夫してます」
ポルシェ「ポルシェはレースカーではないから、ヒール&トゥは公道では勧めていません」
シミズ「では、どうやって高速でギヤダウンするのですか?」
ポルシェ「コーナーの出口でギヤチェンジしたら、クラッチをそっと繋いでください」

 

ニュルブルクリンクのテストはあくまでもロードカーのテストなので、レーステクニックを使ってテストしてはいけないということなのだ。含蓄あるポルシェの考えだと感心した。しかも、クラッチを使ってショックを和らげるとは驚いた。ポルシェはそもそもそのようにクラッチを設計しているのである。この時のエピソードから、ポルシェのニュルブルクリンクテストは速さの証明ではなく、ハイスピードで走るポルシェユーザーの安全性を主眼にしているということがわかったのである。

 

清水和夫のポルシェに乗らずに死ねるか、ポルシェ911 GT3のフロントスタイル

3.6リッター水平対向6気筒NAエンジンを搭載し、最高出力は前期型で360ps、後期型では381psを誇った996型のポルシェ911 GT3。

 

GT3は例外。ヒール&トゥはサーキットで必要

 

その後、幸運にも初代911 GT3(996型)をニュルブルクリンクでドライブしたことがあった。996型は911シリーズ初の水冷エンジンで、GT3というホットバージョンが初めてデビューした。確か1999年5月のル・マン24時間レースにGTクラスで参加し、そのスピードを証明しようとしたが、レースではダッジ バイパーに負けてしまうものの、ドイツのニュルブルクリンクでラップタイムに挑戦した。それまでの量産車のコースレコードは、非公式ではあるがニッサンR33 GT-Rの7分59秒(私がドライブ)。しかし、ヴァルター・ロール氏が乗るGT3はこれを打ち破る7分56秒を達成した。

 

当時、ニュルブルクリンクで8分を切るモデルはとてつもない速さのスポーツカーだと認められたが、速く走るためには2つの技術的なアプローチが存在する。力で空気の壁を突き進むか、あるいは華麗なハンドリングでコーナーを素早くクリアするか。ニュルブルクリンクの前半10kmのパートはかなりの下り坂で、エンジンパワーよりも高速の安定性と操縦性がバランスしてなければならない。

 

後半は登りが続くワインディング。パワー(トルク)とハンドリングが勝負だ。実際にニュルブルクリンクをニッサン GT-Rで攻めた時の印象は、まるで格闘技のような感覚だった。コーナーの立ち上がりは速いが、コーナリング中はクルマを曲げることに集中する。いや、ねじ伏せるようにコーナーを攻めるのだ。

 

清水和夫のポルシェに乗らずに死ねるか、歴代ポルシェ911 GT3

歴代ポルシェ911 GT3の集合写真。サーキット走行もこなすピュアスポーツとして生まれたGT3は、その血統を現在にまで脈々と受け継いでいる。

 

同じような速さでも、GT-Rの8分とGT3の8分は別世界

 

しかしGT3は違った。ニュルブルクリンクをまるでアイススケートのフィギュアのように華麗に舞う。ドライバーは繊細な感覚が必要で、GT-Rよりもはるかにステアリングがシャープだから、格闘技的なドライビングは通用しない。ステアリングはまるでインフォメーションの集積回路のように、タイヤと路面の接地感(グリップ感)を知らせてくれる。ドライバーにとって速く走るために必要な情報が手のひらで十分に感じ取ることができる。

 

ニュルブルクリンクの後半10kmは、深い森の中の高速ワインディングを平均速度160km/hくらいで駆け抜けるが、GT3のステアリングは終始正確である。しかしリヤエンジン特有のリヤの動きに敏感になる必要がある。それができると、GT3は完璧なハンドリングを味わえるのだ。

 

もっとも注意するコーナーは2ヵ所あるジャンピングポイントだ。着地する瞬間はクルマの横Gを抜く必要がある。空中で姿勢は変えることができないので、ジャンプする直前のアプローチがポイントだ。しかし、さすがのポルシェもGT3を速く走らせるには、ヒール&トゥが必要だということは認めていた。もうカマボコの板は不要になった。

 

ところで、ポルシェの連載は今回で終わりとなるが、次回からは昔の『GENROQ』(月間自動車雑誌)で連載していた「清水和夫のおしゃべり工房」をこのゲンロクWEBで復活させる。乞うご期待!

 

 

TEXT/清水和夫(Kazuo SHIMIZU)

 

 

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