富士スピードウェイに現れた伝説のレーシング・ポルシェ、956 & 936/77。32年ぶりの因縁とは? 【Playback GENROQ 2017】

公開日 : 2020/08/14 17:55 最終更新日 : 2020/08/17 14:35


ポルシェ 956&936/77のツーショット

Porsche 956 × 936/77

ポルシェ956 × 936/77

 

 

ル・マンの歴史に刻まれた、記憶に残る伝説のレーシングポルシェ

 

レースシーンで鮮烈な輝きを放ち、今も語り継がれる名車たち。その舞台が伝統の“ル・マン”であれば鮮烈度はさらに増す。ポルシェ・ミュージアムが秘蔵する2台のル・マンウィナーが、伝説と呼ぶに相応しいオーラと共に日本のFSWへと降臨した。

 

ポルシェ 956&936/77、ジャッキー・イクスのスリーショット

ポルシェ 956&936/77、ジャッキー・イクスのスリーショット。イベント「ポルシェ・エクスペリエンス・デイ 2017」に合わせ、本国ポルシェ・ミュージアムから空路、日本へと持ちこまれた。

 

「ポルシェに流れる“継承と革新”の一端を垣間見ることができた」

 

“継承と革新”。

 

それがポルシェのクルマ造りを紐解く上で、重要なキーワードのひとつとなるのを、本誌読者の皆さんなら既にご存知のことだろう。でもそれは市販車だけに限った話ではない。かつてル・マンやタルガ・フローリオなど名だたるレースを沸かせた、歴代のレーシングマシンすべてに通じることでもある。

 

昨年5月の鈴鹿サーキットで行われたポルシェ・パレードでの917Kに続き、ポルシェジャパンは、さる6月3日から4日にかけて行われた“ポルシェ・エクスペリエンス・デイ”に合わせて、本国ポルシェ・ミュージアムから1977年仕様の936/77と1983年仕様のポルシェ956という、2台のメモリアル・マシンを持ち込んだ。

 

今回、我々は幸運にも917Kに続いて936/77と956を仔細に観察するチャンスを得て、改めてポルシェに流れる“継承と革新”の一端を垣間見ることができた。

 

ポルシェ 956&936/77のツーショット

富士スピードウェイで開催された「ポルシェ・エクスペリエンス・デイ 2017」にイベントの目玉として登場したポルシェ 956&936/77。いずれもレースで輝かしい戦歴を残したレジェンドマシンである。

 

「まずは936の前身というべき917について触れておきたい」

 

では早速、1976年のル・マン24時間で総合優勝を飾り、その後77年、81年と勝利を重ねた936の話を始めたい・・・ところだが、その前に936の前身というべき917について触れておくことにしよう。

 

1970年に悲願のル・マン総合優勝を果たし、翌71年には5535.3kmという当時の最長走破距離を記録して完全優勝を果たした917Kは、1966年の906から続いたチューブラー・フレーム・ミッドシップ・プロトの最終形というべきマシンだった。ところが、1972年に施行された3.0リッターレギュレーションの影響で5.0リッターフラット12を搭載する917Kは戦う場を失ってしまう。そこで彼らが本腰を入れて参戦する決意を固めたのが、北米CAN-AMシリーズである。

 

排気量無制限に代表される自由なレギュレーション、そしてF1よりも高い優勝賞金を誇るCAN-AMは、巨大な北米市場へのプロモーションという意味でも魅力的なカテゴリーであった。当時そこで猛威を振るっていたのはシボレーの8.0リッターV8 OHVエンジンで、その最高出力は760ps以上といわれていた。

 

ポルシェ 956&936/77の走行シーン

ポルシェ 956(写真左)は、1985年に富士スピードウェイで行われたWECジャパン富士1000kmレースに参戦した個体そのもの。イベントに合わせて来日したジャッキー・イクスがドライブした。

 

「ポルシェが実践した排気量のハンディを補う“ターボ革命”」

 

さすがに630psの5.0リッターエンジンでは勝ち目がないことを悟ったヴァイザッハの技術陣は、そこで2つの選択肢を用意する。ひとつは800psを発揮する7.2リッターのフラット16ユニット。そしてもうひとつが5.0リッターという排気量のハンディを覆すためにエーペルシュペヒャー(後のKKK)製のターボチャージャーを2基装着したフラット12ターボ・ユニットだった。

 

結果的に見れば、ここで850psを発揮するターボを選択したポルシェの決断は正解だった。

 

1972年には5.0リッターフラット12ターボを積んだ917/10が、翌73年には5.3リッターフラット12ターボ(最高出力1100ps!)を積んだ917/30がCAN-AMシリーズを圧倒。ここでポルシェが実践した排気量のハンディを補う“ターボ革命”は、それ以降の自動車エンジンの在り方に大きな影響を及ぼすこととなったからだ。

 

その後、暫くワークス・ポルシェのレーシング・プロトは世界のサーキットから姿を消すこととなるが、1976年から3.0リッターグループ6マシンによる世界スポーツカー選手権が始まると、ポルシェは突如ワークスでの復帰を発表する。

 

ポルシェ 936/77のフロントスタイル

今回日本に上陸した936/77。シャシーナンバー936-002をもつこのマシンは1977年のル・マン24時間でジャッキー・イクス、ユルゲン・バルト、ハーレイ・ヘイウッドが優勝したゼッケン4に仕立てられていた。

 

「936はそれまでの経験則を活かしたレーシングポルシェの集大成」

 

ここで彼らが用意したのが936だ。しかしその中身はまったくのブランニューではなく、むしろそれまでの経験則を活かした集大成といえるものだった。

 

では、今回日本に上陸した936/77を見ていこう。シャシーナンバー936-002をもつこのマシンは1977年のル・マン24時間でジャッキー・イクス、ユルゲン・バルト、ハーレイ・ヘイウッドが優勝したゼッケン4に仕立てられている。

 

以前話を聞いた1971年&76年のル・マン・ウィナー、ガイス・ヴァン・レネップによると、彼が1976年に乗って優勝した936-002は、そのままボディワークのみを変えて936/77として翌年のレースにも出場しているのだという。とすると、これは本来ジャッキー・イクスとアンリ・ペスカロロのペアで出走した3号車(4時間目にリタイアし、イクスは4号車に乗り換えた)ということになる。

 

ポルシェ 936/77のリヤスタイル

アルミ製のスペースフレーム・シャシーは1970年のタルガ・フローリオを制した908/3と、そのシャシーを譲りうけヨースト・チームが先行試験的に選手権で走らせていたターボカー908/4の流れを汲むもの。

 

「917/30での経験を活かしフレームを追加するなど、リヤ周りを中心に強化」

 

1970年代のグループ6マシンらしいオープンボディのカウルを開けると、中から現れるのは、複雑に組まれたアルミ製のスペースフレーム・シャシーだ。そのフレームワークは70年のタルガ・フローリオを制した908/3、そのシャシーを譲りうけヨースト・チームが先行試験的に選手権で走らせていたターボカーの908/4の流れを汲むものだが、917/30での経験を活かしフレームを追加するなど、リヤ周りを中心に強化されている。

 

一方、ミッドマウントされるエンジンは1974年のル・マンで2位に入った911カレラRSRターボ2.14に搭載された2142ccフラット6インタークーラー付きシングルターボの911/76型ユニット(ヨーストの908/4にも搭載された)をツインターボ化した911/78型ユニット。その名の通りベースとなったのは市販の911のもので、クランクシャフトは2.0リッター用がそのまま使われたといわれている。

 

ちなみに排気量が2142ccと半端なのはターボ係数1.4をかけた場合に3.0リッターになるように設定されたもので、これは1981年にル・マンのエンジン規定が変更されるまで変わることはなかった。

 

ポルシェ 936/77のエンジン

2142ccフラット6インタークーラー付きシングルターボの911/76型ユニット(911カレラRSRターボ2.14に搭載されたもの)をツインターボ化した911/78型ユニット。エンジン直上に備わるファンが独特のアピアランスを演出している。

 

「積み重ねられた技術の蓄積は“速さ”と“信頼性”という形で大きな武器となった」

 

このほか、ベンチレーテッドディスクを含むブレーキシステム、ドライブシャフトなどは917/30、サスペンションアーム、ギヤボックスなどは908/4から流用。さらに左右直結のソリッドデフは、917時代から試験的に採用されていたものでもあった。

 

このように、936は1960年代から続くポルシェのレーシングマシンのシャシーワークと、70年代に花開いたターボ・エンジンを組み合わせた1台といえる。そしてこの積み重ねられた技術の蓄積は“速さ”と“信頼性”という形で現れ、ポルシェの大きな武器となった。いくらスポーツカー・レースの氷河期(当初世界選手権だったスポーツカー選手権は78年からヨーロッパ選手権に格下げされてしまっている)とはいえ、ライバルであったルノー・アルピーヌがル・マン1勝に留まったのに対して、936一族が3勝を飾ることができたのは、きっとそういうことなのだろう。

 

ポルシェ 956のフロントスタイル

新しいグループC規定に則って開発された956。ロスマンズカラーを身にまとうこの個体は、1983年に製造されたシャシーナンバー005で、ニュル1000kmレースの優勝マシン仕様にレストアしている。

 

「アルミ・モノコックを用いたグラウンドエフェクト・シャシーを採用した956」

 

では一方の956はどうか?

 

白基調のマルティニ・カラーと、青基調のロスマンズ・カラーという違いはあるが、もしかするとシルエットだけを見比べて、オープンとクーペの差しかないのでは? と思う方もいるかもしれない。しかし、この2台の間には、それ以上の技術的な進化が込められているのである。

 

1981年、FIAはそれまで8つに分かれていたレーシングカーのカテゴリーをアルファベット順に大きく6つに分類する新レギュレーションを発表。スポーツプロトタイプのレースは新たにグループCとして1982年から仕切り直されることになった。

 

こうして始まったグループCの最大の特徴はエンジンの排気量、形式を自由としながら、使用する燃料の総量が決められていることにあった。

 

ポルシェ 956のエンジン

956に搭載されたエンジンは、935/76型ユニットの排気量を2650ccに拡大して4バルブ化し、シリンダーヘッドのみ熱対策で水冷化した936/81型エンジンをほぼそのまま用いている。

 

「圧倒的な強さでル・マンを制した水冷フラット6ツインターボ」

 

その数値は年によって変わっていくのだが、1982年の時点では最大100リッターの燃料タンクに対し、6時間及び1000kmレースでは給油5回(つまり600リッター)、ル・マン24時間のみ25回(2600リッター)以下と設定されていた。またシャシーに関しては全長4800mm、全幅2000mm以内のクローズドボディで、その最低重量は800kg以上と決められていた。

 

新しいグループC規定に対し、ポルシェは真っ先に行動を起こす。まず彼らは1981年のル・マンで排気量制限が撤廃されたのに合わせ、排気量を2650cc(同時に投入を予定していたインディカーの規定に合わせたもの)に拡大、4バルブ化したシリンダーヘッドのみ、熱対策のために水冷としたフラット6ツインターボの935/76型ユニットを936/81に採用。圧倒的な強さでル・マンを制したこのエンジンは、ほぼそのままの形で956に使用されることとなった。

 

このようにエンジンの準備が進む一方で、ヴァイザッハではポルシェにとって初となる新しい技術が開発されようとしていた。それがアルミ・モノコックを用いたグラウンドエフェクト・シャシーである。

 

当時、モノコックもグラウンドエフェクトも既にF1ではお馴染みの技術であったが、スポーツプロトタイプでのグラウンドエフェクトは世界初の試みであった。

 

ポルシェ 956のリヤスタイル

徹底した風洞実験の末に発明された「ポルシェ・ハンプ」を採用し、リヤのアンダーパネルの傾斜に合わせてストレスメンバーとなるエンジン&5速ギヤボックスを5度前傾させて搭載。F1マシンと同等のグランドエフェクトを発揮した。

 

「956は“スポーツプロトの皮を被ったF1マシン”というべき内容」

 

そのためにポルシェは徹底的な風洞実験を決行。その過程でフロントアクスル付近のフロアに凹みを作りベンチュリーの容積を変化させ、フロントのダウンフォースを増やす“ポルシェ・ハンプ”を発明する。またベンチュリー効果を確実なものとするために、リヤのアンダーパネルの傾斜に合わせ、ストレスメンバーとなる935/76型ユニットと5速ギヤボックスを5度前傾させて搭載。このような完璧主義は至るところで貫かれ、956は“スポーツプロトの皮を被ったF1マシン”というべき内容に仕上がったのである。

 

こうして満を持して1982年の世界耐久選手権にデビューした956は、全8戦中4勝を挙げタイトルを獲得。その中の1戦となったル・マン24時間では、ワークスの3台が1-2-3フィニッシュを飾るという圧倒的な速さと強さを見せつけた。

 

さらにポルシェは1983年からプライベーターに対しても956を販売し、グループC自体の活性化に貢献したほか、後継車というべき962、962Cで北米IMSAシリーズや、全日本耐久選手権なども席捲。80年代スポーツプロトタイプのスタンダードを作り上げることに成功したのである。

 

その一方で忘れてはならないのが、956誕生後に起こった技術革新だ。例えば1982年後半から搭載した935/82型ユニットでは、ブロックを含めた全水冷化を実現したほか、電子制御インジェクション・システムであるボッシュ・モトロニックMP1.2を採用。84年には今の市販モデルの定番アイテムとなったPDKギヤボックスも試験的に実戦投入されているのだ。

 

ポルシェ 956のインテリア

ポルシェ・ミュージアムが日本でのイベント用に選択したシャシーナンバー956-005の個体は、32年前にジャッキー・イクスがWECジャパン富士1000kmでドライブしたマシンだった。

 

「WECジャパン富士1000kmでイクスとマスが乗り、総合2位に入った個体」

 

さて、今回ポルシェ・ミュージアムから日本に空輸されてきた956は、1983年に製造されたシャシーナンバー005。タバコ広告禁止国用のRACINGのマーキングからもわかる通り、83年のニュルブルクリンク1000kmでジャッキー・イクスとヨッヘン・マスが優勝した時の姿にレストアされている。

 

「なるほど、ドライバーとしてジャッキー・イクスが来日するのに合わせてこの個体を選んだ理由はそれか・・・」と956-005のヒストリーを紐解いていて驚いた。

 

なんと956-005は、1983年のニュル1000km、スパ1000km優勝、ル・マン24時間2位といった輝かしい成績に加え、今から34年前に富士スピードウェイで開催されたWECジャパン富士1000kmレースでイクスとマスが乗り、総合2位に入った経歴も持っていたのである!

 

「ポルシェジャパンがミュージアムから936と956という2台のウィニングカーを空輸してきたことは素晴らしいことだ。ポルシェ・ファミリーの一員らしい素晴らしいエンスージアズムだと思う」と、2台を前にして語ったイクスの言葉の通り、富士スピードウェイという舞台に所縁のある個体を選び、送り届けてくれたポルシェ・ミュージアムの見識の深さと心遣いには、改めて頭の下がる思いがした。

 

 

REPORT/藤原よしお(Yoshio FUJIWARA)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)

 

 

【SPECIFICATIONS】

Porsche 936/77

MODEL YEAR : 1977
CLASS : Group 6
ENGINE : Boxer 6 Twin Turbo
CAPACITY : 2142cc
POWER : 540ps
WEIGHT : 740kg
V MAX : 360km/h
Championship of Le Mans : 1976,1977,1981

 

Porsche 956

MODEL YEAR : 1983
CLASS : Group C
ENGINE : Boxer 6 Twin Turbo
CAPACITY : 2649cc
POWER : 620ps
WEIGHT : 820kg
V MAX : 350km/h
Championship of Le Mans : 1982,1983,1984,1985

 

 

※GENROQ 2017年 8月号の記事を再構成。記事内容及びデータはすべて発行当時のものです。

 

 

【関連リンク】

GENROQ  2017年 8月号 電子版

※雑誌版は販売終了