約1世紀ぶりに蘇った「ブロワー」エンジン、ベントレーのクルー工場におけるテストをスタート

公開日 : 2020/09/14 06:30 最終更新日 : 2020/09/14 06:30


ベントレー 4 1/2リッター チーム ブロワー用ブロワーエンジン

ブロワー コンティニュエーション シリーズに搭載

 

ベントレーマリナーが手がける「ブロワー コンティニュエーション シリーズ」の第1号車(カーゼロ)のエンジンが、ベントレーのクルー工場の専用テストベッドに初めて始動された。

 

ブロワー コンティニュエーション シリーズは、1920年代後半にティム・バーキン卿がレース用に製作した4.5リッター直列4気筒16バルブスーパーチャージャーを搭載した史上最も有名なベントレーのひとつである「ブロワー」を、12台新たに再現するもの。

 

世界初の戦前車のコンティニュエーションシリーズであるこの12台は、世界中のベントレーコレクターや愛好家に向けて製造され、既にすべてがソールドアウトしている。

 

ベントレー 4 1/2リッター チーム ブロワー用ブロワーエンジン

戦前のエンジンを現代に再現するため、第二次世界大戦時に戦闘機用マーリン・エンジンをテストした設備が活用されている。

 

マーリン航空機エンジン用テスト設備を活用

 

プロジェクトのためのエンジニアリングプロトタイプである「カーゼロ」が完成。ベントレーマリナーは、スペシャリストによるサポートを受け、最初のエンジンを再現した。エンジンの製作中に、ベントレーのエンジニアチームは、クルー本社にある4つのエンジン開発テストベッドのうちのひとつを準備し、作業を開始している。

 

このエンジンテスト設備は1938年の工場建設時からベントレーにあり、元々は第二次世界大戦中のスピットファイアやハリケーン戦闘機用に工場で生産された「ロールス・ロイス・マーリン」V12航空機用エンジンの試運転や、パワーテストに使用されていたもの。

 

テストベッドの準備には、エンジンを格納するためのブロワーのフロントシャーシのレプリカを作成。それをコンピューター制御のエンジンダイナモメーターに取り付ける必要があった。エンジンの測定と制御を行うための新しいソフトウェアを作成してテストを行い、ベントレーのエンジニアが正確なパラメータでエンジンをモニターし、始動することができるようにした。

 

ブロワーのパワートレインは、ベントレーの最新の市販エンジンとはサイズや形状が大きく異なるため、今もベントレーに保管されていた、オリジナルのマーリンテストベッド器具も、これらの特別なエンジンを搭載するためのテストベッドとして活用されている。

 

ベントレー 4 1/2リッター チーム ブロワー用ブロワーエンジン

ベンチテスト終了後はカーゼロに搭載されて、実車での3万5000kmにも及ぶテストプログラムを計画。北京〜パリ間やミッレミリアなどの過酷なラリーイベントでの走行に耐えうることを想定している。

 

北京〜パリ間やミッレミリアなどの走行を想定

 

エンジンが完全に取り付けられた状態で2週間前に最初の始動が行われ、現在、最初のエンジンはフルパワーテストの前に定められた走行スケジュールのプロセスに入った。まずエンジンは20時間のサイクルでテストされ、アイドル状態から3500rpmまでエンジン回転数と負荷条件の両方を徐々に上げていく。各テストが完全に遂行された後、全負荷時のパワーカーブが測定される。

 

テストベッド走行が完了すると、カーゼロのエンジンは次のステップである現実世界での耐久性試験へと移行する。クルマの組み立てが完了すると、トラックテストのプログラムを開始。走行時間と速度を徐々に増加させながら、より厳しい条件下での機能性と耐久性を確認していくことになる。

 

このテストプログラムは、8000kmのトラック走行を含めて、3万5000kmの走行距離を達成するように計画されており、北京〜パリ間やミッレミリアなどのクラシックラリーでの走行を想定している。

 

ベントレー 4 1/2リッター チーム ブロワー用ブロワーエンジン

130bhpを発揮していた自然吸気4 1/2リッターエンジンをベースに、スーパーチャージャー化したブロワーエンジン。しかし、それはW.O.のエンジンを「汚される」と思われかねないアイデアだった。

 

自然吸気エンジンを“汚した”スーパーチャージャー化

 

今回、新たに製作されたブロワーエンジンは、1920年代後半にレースに出場したティム・バーキン卿の4つのチームブロワー・エンジンを忠実に再現したもので、クランクケースにマグネシウムを使用している。

 

そもそもブロワーエンジンは、W.O.ベントレー自身が設計した自然吸気4 1/2リッターエンジンをベースに誕生した。それ以前のベントレーの3.0リッターエンジンと同様に、4 1/2リッターエンジンにはシングルオーバーヘッドカムシャフト、ツインスパークイグニッション、各気筒に4つのバルブ、ベントレーの伝説的なアルミピストンなど、当時の最新のエンジン技術が結集されてた。

 

W.O.の4 1/2リッターエンジンのレーシングバージョンは約130bhpを発生させていたが、ベントレーボーイズのティム・バーキン卿はそれ以上のエンジンを求めていた。W.O.は常に絶対的なパワーよりも信頼性と洗練性を重視していたため、より多くのパワーを得るための解決策は、常にエンジンの容量を増やすことだった。

 

しかし、バーキン卿には別の計画があった。それはその4 1/2リッターエンジンをスーパーチャージ化すること。しかしそのアイデアは、W.O.自身のデザインしたエンジンを「汚される」と思われかねないアイデアだったという。

 

ベントレー 4 1/2リッター チーム ブロワー用ブロワーエンジン

約240bhpと、非常にパワフルなブロワーエンジンだったが、脆さを抱えており、レースでの優勝は果たせなかった。

 

ハイパワーながらも脆さを抱えたブロワーエンジン

 

バーキン卿は裕福な財政家ドロシー・パジェットからの資金と、クライヴ・ギャロップの技術力により、スーパーチャージャーのスペシャリストであるアムハースト・ヴィリエスに4 1/2用のスーパーチャージャーの製作を依頼した。

 

ルーツタイプのスーパーチャージャー(通称ブロワー)は、エンジンとラジエーターの前に取り付けられ、クランクシャフトから直接駆動。エンジンの内部改造は、新しくて丈夫なクランクシャフト、コンロッドの強化、オイルシステムの変更などに及んでいる。

 

レーシングチューンでは、バーキンの新しいスーパーチャージド4 1/2リッターエンジンの出力は約240bhpにまで達した。それゆえに「ブロワーベントレー」は素晴らしいスピードを発揮。しかし、W.O.が危惧していたように、若干の脆さも抱えていた。

 

1930年のル・マンで自然吸気エンジンを搭載した「ベントレー スピードシックス」の優勝をサポートするなど、ブロワーはベントレーの歴史の中で一定の役割を果たしている。しかし、12回のレース出場を記録しながら、優勝は一度もなかったのである。