すべてのポルシェはここから生まれる。「ヴァイザッハ・ディベロップメント・センター」の秘密

公開日 : 2021/01/30 11:55 最終更新日 : 2021/01/30 11:55


燃料やバッテリーの消費量に大きな影響を与えるCd値の測定は「前方面積測定システム」という特殊な機器が使用される。

ポルシェ開発に関する秘密のすべてがここに

 

すべてのポルシェの原点は、ヴァイザッハのディベロップメント・センターにある。約100ヘクタールという広大な敷地には、ポルシェの開発に関する秘密のすべてが詰まっているのだ。今回はポルシェ製スポーツカーが、どのように製品化されていくのか、様々な部署を巡ってみよう。

 

デザインチーフのオフィスに置かれた大きなテーブル。最初のスケッチは個人のアイデアかもしれないが、それを煮詰めていくには交流の場が必要となる。

デザインチーフのオフィスに置かれた大きなテーブル。最初のスケッチは個人のアイデアかもしれないが、それを煮詰めていくには交流の場が必要となる。

 

デザインプロセスにおける対話の重要性

 

デザインスタジオでは様々なアイデアが生み出され、製品化に向けて迅速に意思決定プロセスへと進められる。初期段階におけるスケッチは、紙でもタブレットでも問題ない。二次元の図面に続いて、デザインソフトウェアの助けを借りてヴァーチャル空間上で三次元フォルムを製作。最終的に物理的なモデルとして完成させる。

 

ポルシェでは、デザイナー、モデルメーカー、エアロダイナミクスのスペシャリストが、すべてひとつの建物に集められている。これは緊密なコミュニケーションを促進し、かつ機密保持も確保するためだ。また、デザインスタジオではボディ形状だけでなく、インテリアデザインも基本的な寸法からシートの継ぎ目などのディテールに至るまで幅広く行われている。

 

最終的な製品化の決定は様々なテクノロジーが発展した今でも物理的なモデルに基づいて行われることから、デザインの分野においては伝統的な職人が重用されてている。デザイン部門には、ユーザーエクスペリエンスのスペシャリストも在籍。彼らは実際にユーザーがどのように機能を使うのかテストする。これには「ポルシェ・コネクト」などのバーチャルワールドも含まれている。

 

デザインからテクノロジーに至るまで、様々な分野が最終的にひとつの結論に向かう。それは「対話」の重要性だ。エクステリアやインテリアに至るまで、すべてが対話の文化によりカタチになる。チーフデザイナーのオフィスに伝統的なデスクは鎮座していない。あらゆる部署のスタッフが集うことのできる長いテーブルがあるのも偶然ではないのである。

 

新たなモデルの製作はいつの時代も原寸大スケールのクレイモデルからスタートする。

新たなモデルの製作はいつの時代も原寸大スケールのクレイモデルからスタートする。

 

コンセプトをクレイモデルで再現

 

「アイデアを具現化する」というのが、ヴァイザッハの開発センターにある「モデルメーカー」に掲げられたモットーだ。

 

デザイン初期段階では、未来のモデルのプロポーションを見せるため3Dプリンタ技術などが登場している。それでも、今も最初の視覚化プロセスはクレイモデルであることに変わりはない。そこからステップ・バイ・ステップで、各部門のアイデアが浮かび上がってくるのだ。

 

クレイモデルの利点はその作業スピードにある。クレイモデラーに求められるのは手先の器用さ。様々な意見を出しながら開発を進めていくなか、少しずつフォルムが洗練されていく。

 

エクステリアスキンはエアロダイナミクスに決定的な影響を与えるため、デザインスタディの検討はかなりやっかいな作業だ。そのため、最終的にデザインが承認される前に「フロースルーボディ(flow-through body)」と呼ばれるものが使用される。

 

この段階で、ジョイント、エアインテーク、ホイールなどのディテールが、生産仕様の形状となる。その後、モデルメーカーに隣接する風洞施設において、さらにエクステリアの開発が進められる。

 

ある意味、現代の錬金術と言えるかもしれない。ポルシェ社内の鋳物工場では、改良された合金を使用した堅牢なパーツの社内生産が行われている。

ある意味、現代の錬金術と言えるかもしれない。ポルシェ社内の鋳物工場では、改良された合金を使用した堅牢なパーツの社内生産が行われている。

 

独自の鋳造工場を社内に持つ意味

 

ヴァイザッハの従業員の中でも、旧正面玄関のすぐ裏手にある1号館に1971年からポルシェ社の鋳物工場があることを知っている人はごくわずかしかいない。

 

この鋳物工場が稼働するのは毎日13時30分から。金属の混合物を溶かし、慎重に調整し、鋳造が行われる。摂氏700度以上の溶湯「合金」を砂型鋳造金型に流し込む。この工程はポルシェ社内のモデルショップで開発・製作された工具を使用して製作される。

 

これらは通常、まだ存在すらしていないクルマのためのパーツだ。ポルシェは独自の鋳造工場を持っていることから、開発の早い段階でも市販用パーツと変わらない高品質のパーツでテストすることができる。これはポルシェが高い負荷が掛かるパーツに使用される特殊合金に対し常に改良を加えていることから、3Dプリンタでは対応できないからだという。

 

例えば、合金の配合を少し変えるだけで、車両重量を増加させることなく前方衝突性能を向上させるこもとが可能だ。そしてこのような非常に貴重な専門知識が社外に漏れることもない。

 

燃料やバッテリーの消費量に大きな影響を与える、Cd値の測定は「前方面積測定システム」という特殊な機器が使用される。

燃料やバッテリーの消費量に大きな影響を与えるCd値の測定は「前方面積測定システム」という特殊な機器が使用される。

 

エアロダイナミクスに大きく影響するCd値

 

「ボディ周辺を完璧に流れていくフレッシュエア」。これこそがエアロダイナミクス開発における、永遠のテーマだ。その性能は風洞測定データから導き出される「Cd値」と呼ばれる抗力係数で表される。その計測には、ボディ・フロントエリアのデータを正確に記録しなければならない。

 

クルマの抗力、さらに燃料やバッテリーの消費量は前方投影面積に大きく影響する。この面積を1.5mm/milleの誤差範囲で測定するためには、前方投影面積測定システムという特殊な装置が必要になる。このシステムは緑色の発光ダイオードによって生成されたライトバーを用い、車両の前部全体に沿ってゆっくりと2回スキャンする。

 

スキャンされた輪郭はスクリーンに表示される。ビデオカメラがスクリーンを撮影し、その画像をコンピューター上でひとつの画像に合成。この画像から、画像処理プログラムによって前方投影面積を計算するという訳だ。

 

ポルシェの気温室では、マイナス40℃の北極圏から、室内が90℃にまで達するアリゾナの砂漠まで、あらゆる気候条件を再現することができる。

ポルシェの気温室では、マイナス40度の北極圏から、室内がプラス90度にまで達するアリゾナの砂漠まで、あらゆる気候条件を再現することができる。

 

マイナス40度から90度を再現する気候室

 

北極のマイナス40度から、アリゾナの砂漠において駐車中の車内が達する90度まで、ヴァイザッハにある4つの気候室ではあらゆる温度や環境を再現することができる。開発中のすべてのポルシェ製スポーツカーは、開発過程で何度もこの極限の環境に耐えなければならない。

 

さらに市販に向けて、開発車両は極端な温度にさらされるだけでなく、追加の耐久性テストにも合格する必要がある。例えば、担当エンジニアはマイナス18度の夜間を想定し、スプレーガンを使ってウインドウに水を吹きかけるテストを行う。その後、エンジンをかけっぱなしにして決められた時間の経過後、フロントガラスの霜をチェックする。

 

その他にも、気温40度に設定された人工太陽による直射日光の下でもセンターコンソールの大型ディスプレイがしっかり視認できるか、さらに極限の気温下でもドアハンドルが機能するかも確認される。

 

気候室の近くにある気候風洞では、悪名高いアメリカのデスバレーにあるタウン・パス(27kmにわたって約6%の急勾配がある)などを想定し、極端な温度下でのドライブをシャシーダイナモを使ってシミュレートする。これらの気候テストでは、電気自動車も内燃エンジン車両とほぼ同じテストに合格しなければならない。

 

デシベルと戦い続けているのが、音響風洞だ。革新的なマイクロフォンシステムは、300km/hまでの速度域におけるわずかな風切り音も記録する。

デシベルと戦い続けているのが、音響風洞だ。革新的なマイクロフォンシステムは、300km/hまでの速度域におけるわずかな風切り音も記録する。

 

エアロダイナミクスだけではない風洞施設

 

まだ発売前の極秘プロトタイプ車両を使って、300km/hを超える領域における空力テストも行われる。2015年に稼働をスタートしたポルシェの風洞施設における最も重要なテスト項目がこのメニューだ。その鍵を握るのが、車両の下で路面を動かす交換可能なベルトシステム。このシステムにより、アンダーボディやホイールハウス内のエアフローをリアルに再現することが可能になった。

 

リフト量やダウンフォース量、ドラッグ量の測定だけではなく、パッセンジャーにとっては車内の風切り音が一番気になるところかもしれない。ため息さえも聞こえてしまうほどの静粛性を誇る電気自動車の普及が進むなか、その重要性はますます高まっている。

 

現在、ポルシェでは6回の風洞試験のうち1回を空力音響に費やしている。この風洞試験では、約600本のマイクを備えた測定フィールドを車両横と車両上方に設置し、音響を視覚化したデータを作成。このデータによって発生源不明な異音がどこから聞こえているのか、正確に特定することができる。

 

ある意味、ボディから突出しているドアミラーは非常にやっかいな存在だ。まだ空力音響が最適な状態になっていない場合、音響のスペシャリスト、ボディワークスペシャリスト、人間工学のスペシャリスト、デザイナー、空力エンジニアらがコントロールルームに集まり、解決策を模索するという。高度に専門化されたスペシャリストたちは、文字通り24時間体制で空力音響風洞やその他の小型風洞を運用している。

 

2019年から稼働中のドライブユニットテスト棟では、モーター、トランスミッション、電子機器、バッテリーなど、すべてのコンポーネントが一緒にテストされている。

2019年から稼働中のドライブユニットテスト棟では、モーター、トランスミッション、電子機器、バッテリーなど、すべてのコンポーネントが一緒にテストされている。

 

電動化に対応したドライブユニット・テスト

 

ポルシェのモデルラインナップが電動化されるケースは増加の一途を辿っている。新しいドライブユニットのテスト棟にある18台のテストベンチのうち半分が電動モデル用だ。2019年にオンライン化されたこのテストベンチは、モーターやトランスミッションのテストに使用される。

 

特に注目すべきは、ポルシェが自社開発した高電圧システム・テストベンチだろう。駆動ユニット全体 、フロントアクスルとリヤアクスルのモーター、関連するパワーエレクトロニクス、トランスミッション電圧直列バッテリーなど、このテストベンチでは将来導入される予定の高電圧システムと一緒にテストを行うことができる。

 

バッテリーはテストベンチの下にある温度管理された安全カプセルの中に設置されており、あらゆる性能のモデルに対応したテストが可能になっている。

 

電動化モデルにとって最も重要な性能のひとつが充電プロセスだ。搭載システムには大量の電流を素早く取り込み、放出することが要求される。そのため、この新しい試験棟には世界中で使用されている様々な充電技術が装備された。

 

一方、9基の内燃機関用テストベンチも持続可能性を考慮して設計された。ここでは「eFuels」として知られる電気ベースのCO2ニュートラル燃料もテストすることができる。ちなみにポルシェはモータースポーツ専用のテストベンチを保有していない。将来の生産モデルの駆動システムをテストする横で、レーシングカーに搭載されるドライブユニットのテストを行なっている光景は日常茶飯事だという。

 

現代の自動車は電子機器の塊のような存在だ。あらゆる機能を操作する電子コントロールユニットが、エレクトロニクス・インテグレーション・センターでテストされる。

現代の自動車は電子機器の塊のような存在だ。あらゆる機能を操作する電子コントロールユニットが、エレクトロニクス・インテグレーション・センターでテストされる。

 

車両に搭載されるあらゆる電子機器をチェック

 

「エレクトロニクス・インテグレーション・センター」では、ひとつのテストハウスのなかでエレクトロニクスのスペシャリストたちがパワーウインドウからドライバー・アシスタンス・システムまで、すべての電子機器をテスト。市販に向けて完璧な機能性を追求している。

 

最初のプロトタイプが公道テストを行う段階で電子機器の完璧な動作を可能にするべく、ここでは「ハードウェア・イン・ザ・ループ・テストベンチ(Hardware-in-the-loop test benche)」を使用。コントロールユニット、ヘッドライト、ステアリングホイールなどの各コンポーネントは、キャビネットサイズの強力なコンピューターに接続。コンピューターは危険な状況やドライバーの反応など実際のドライブ状況を再現し、それぞれのコントロールユニットにぶつけている。

 

このシステムは、ある状況に対してコントロールユニットがどのように反応したかを正確に記録。例えば目的の機能を正確かつ素早く確定したか、などがテストされている。しかし完璧主義者のポルシェにとって、それだけでは十分ではない。

 

コントロールユニットに搭載されたひとつひとつの電子パーツの相互作用が問題なく機能しているかどうかを確認するため、すべてのコントロールユニットは実験車両に搭載される。実験車両は移動こそしないものの、すべてのユニットを車両のワイヤーハーネスに接続して動作を確認。このテストハウスで合格した場合のみ、実際の走行テストへと進む。

 

ヴァイザッハのプロトタイプ・パーキングには、様々なカモフラージュが施された255台の開発車両が、覗き見から保護されている。現在、さらにスペースを拡大した新たなプロトタイプ・パーキングを建設中だ。

ヴァイザッハのプロトタイプ・パーキングには、様々なカモフラージュが施された255台の開発車両が、覗き見から保護されている。現在、さらにスペースを拡大した新たなプロトタイプ・パーキングを建設中だ。

 

トップシークレットの開発車両が眠る宝の山

 

生産決定までの長い道のりのなかで、ついにタイヤが道路に触れてプロトタイプが陽の目を見ることになる。現在、ヴァイザッハでは1900台以上のポルシェ関連開発車両が、異なるカモフラージュレベルと秘密規定の対象となっている。

 

この秘密規定は 「ユニットキャリア(Unit carriers)」「コンストラクション・ステージ・ビークル(Construction stage vehicles)」「プレシリーズ・ビークル(Pre-series vehicles)」という3つのレベルに分けられている。最も秘匿レベルの高い開発中の車両「コンストラクション・ステージ・ビークル」は通称「開発中のラバ(Development mules)」と呼ばれ、全ての車両がデジタル登録されている。カモフラージュが必要な車両はトランスポンダーを装着し、プロトタイプ・パーキングへの入庫も随時管理されている。この未来のニューモデルの宝物殿に入りたい人は少なくないが、従業員でさえも電子認証された許可証が必要となる。

 

最古のプロトタイプ・パーキングは、ディベロップメント・センターの正門のすぐ横にある。8階建てで、255台分のスペースが用意されているが、今やこれだけでは十分ではない。近隣のヘミングゲン市には同じように秘密が徹底された立体駐車場に120台分の駐車スペースが確保されている。

 

さらにポルシェは新しいプロトタイプ・パーキングをヴァイザッハに建設中。新しい駐車場は15階建てで1147台ものスペースと約400基の充電ポイントが設置される。プロトタイプ・パーキングにはエンジニアがテスト走行や承認テストのために使用する「プレゼンテーションエリア」の拡大が予定されているという。

 

ポルシェにとってモータースポーツは、常に重要な開発の場となってきた。さらにモータースポーツのために開発された物流システムが、市販モデルやコンセプトカーの開発に役立てられている。

ポルシェにとってモータースポーツは、常に重要な開発の場となってきた。さらにモータースポーツのために開発された物流システムが、市販モデルやコンセプトカーの開発に役立てられている。

 

迅速な開発やロジスティクスに貢献するモータースポーツ

 

ABSやエアロダイナミクス、PDK、ターボチャージャー、ハイブリッドユニットに至るまで、モータースポーツ・フィールドでは数え切れないほどの新技術が試され、生産モデルへとフィードバックされてきた。モータースポーツにおける迅速な開発スピードは、短期間で目に見える「結果」が求められるという、競争上のプレッシャー故だろう。

 

一方で、エンジニアにとってはちょっとしたアイデアの実現に際し、大量生産を前提にしなくても良いというメリットもある。だからこそモータースポーツにおいては、エキゾチックなマテリアルの発見や、これまでにない問題解決のアイデアが生まれるのだ。

 

ポルシェは、あまり知られていない分野でもモータースポーツ由来の専門知識を活用しているメーカーだ。世界中でレースイベントが毎週のように開催される中で、たとえボルト1本でも安全性能に直結するから品質を蔑ろにできない。そのため、ポルシェのロジスティクス(物流)部門はヨーロッパ最大級のソフトウェア企業「SAP」のサポートを得て、「ポルシェ・レーシング・システム(Porsche Racing System)」を構築した。

 

このシステムは、特定のモデルイヤーのフロントガラス用ワイパーなど、パーツに関するあらゆる情報を記録。例えばフォーミュラEチームが使用しているメカニック工具、GTレーシングカーの交換用ギヤボックス、ル・マン24時間レース用プロトタイプのスペアパーツなど、あらゆるパーツやツールを瞬時に検索することができる。

 

ワークスチームから、カスタマーチームのレーシングカーまで、ポルシェのモータースポーツ部門は驚くようなスピードで開発やサポートを提供している。このモータースポーツ部門の迅速で柔軟な開発・供給体制が、ポルシェの生産車開発にも活かされていると言えるだろう。