24時間耐久を完走したトヨタの水素エンジンレーシングカー、燃費とパワーを金沢工業大学の長沼教授が推し量る

公開日 : 2021/06/06 15:55 最終更新日 : 2021/06/06 16:03

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ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのレースシーン

水素エンジンレーシングカー24時間を走り切る

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトが24時間を完走した。水素燃料のみで24時間走りきり358ラップをCO2排出なしにゴールした。研究開発という位置付けで始められたこのチャレンジ。24時間を完走、しかもたった一台体制で成し遂げたことは、チーム力に敬意を表するしかない成果だと思う。富士スピードウェイを358周ということは総走行距離は約1634km。燃料充填を35回繰り返し走りきったという。大きなトラブルもなく完走したイメージがあるが、ピットや関係各所は的確な判断と対応をいくつもしたことが想像できる。

 

ここでは、前回あまり触れられなかった「そもそも水素エンジンとはどういう仕組みで回るのか」などを、レースデータと織り交ぜたうえでカローラH2コンセプトを解説しようと思う。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのレースシーン

「2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース」に、水素エンジンを搭載したROOKIE Racing カローラH2コンセプトが参戦。国内屈指の24時間耐久を見事走り切った。

 

化石燃料のレシプロエンジンと何が違うのか?

 

水素エンジンはガソリンエンジンの燃料系構成部品を水素用に変えることで成立する。言ってしまうと簡単だ。具体的には燃料噴射弁、圧力レギュレーター、燃料タンク、それらをつなぐ配管類を、交換あるいは設置すればよい。情報では点火プラグも専用品としているようだ。ズバリこれだけの交換で水素エンジンは回せる。が、きちんと燃焼させて、きちんとパワーを出すことがすごく大変。

 

エンジンの燃焼を制御するには、空気量、燃料量、そして燃焼のきっかけ、この三つを狙い通りにする必要がある。基本的には、ガソリンエンジンは空気量が決まったら、燃料は空気との比率をほぼ一定に、きっかけは点火プラグで決める。ディーゼルエンジンは燃料量をきめて、キッカケは噴射するタイミングで決める。空気量はさほど気にしなくてよくて、できるだけたくさん入ればいいかな、という程度。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのレースシーン

水素エンジンは空気と水素を燃焼させてパワーを得る。原理的にはガソリンエンジンやディーゼルエンジンと大きく変わらないが、その制御はかなりシビアであり、それをレースという過酷な場で24時間維持するのは至難の業と言える。

 

オクタン価が高いのに着火しやすいのが水素の特徴

 

では水素は?──この両方のイメージ。空気量と燃料量を両方同じくらい大事に決めて、きっかけは点火プラグで決める。それほどガソリンやディーゼルと変わらず簡単そうだが、水素はオクタン価が高いくせに火がつきやすい傾向がある。着火に必要なエネルギーが極めて小さくてすむため、燃焼室内にちょっと熱いポイントがあるとすぐ火がついてしまう。

 

デポジットなどがあったり、そもそも排気バルブや、点火プラグ先端などは熱くなる可能性が高く、それが異常燃焼を引き起こす。これを早期着火(=プレイグニッション)といい、ノッキングとの違いを説明するのはかなり困難となるので割愛するが、まずはノッキングのように、起こったらエンジンブローに繋がる大いに避けなければならない異常燃焼だと考えてもらいたい。

 

このプレイグニッションは高負荷や高回転領域で起こりがちだ。高負荷というのはそもそも一サイクル辺りの供給熱量が多いためで、高回転というのは熱が冷める時間が短くなるためだ。この状況、市販車ならなかなか現れなくても、カローラH2コンセプトはレーシングカーであり、周回時はほぼほぼ該当する。この様子を24時間コントロールし続け、カローラH2コンセプトは完走を勝ち得たのだからスゴイ。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトの水素供給シーン

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトは、総走行距離約1634kmを35回の水素充填で走り切った。

 

カローラH2コンセプトが24時間で使った水素量は?

 

ではパワーと燃費についても触れよう。約1634kmを35回の水素充填で走りきったということは、一回あたりの平均充填量が解れば走行燃費が概算できるが、これがとても難しい。情報がないので前提数値の正確性がとても不安になる。しかしあえて想像してみよう。容器は計180リットルらしい。この容量に70MPaの水素が充填されると“標準温度では”ざっくり11kgの水素が入る。

 

しかし!である。燃料噴射圧が使い切れる最低の圧力となり、低くても数MPaは必要だろうし、一回の充填時間は7分程度ということは、充填時冷却をしていても温度上昇は避けられず、“標準温度での70MPa”には至らず、一回で使える水素量はざっくり半分程度で切りの良い5kgと予測、つまり初回で書いた情報の7.34kgよりは使えないだろうと仮定した。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのインテリア

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのインテリア。内装を剥ぎ軽量かつ剛性の高いカーボンパーツがふんだんに用いられている。

 

カローラH2コンセプトの燃費は約9.33km/kgか

 

そうすると5kg×35回で175kgの水素で約1634km、 9.33km/kgがおおよその燃費となる。燃費というのはいろんな単位で表現され悩ましいが、燃料のもつ発熱量(エネルギー量)を基準にガソリンへ等価換算すると、計算過程は割愛し2.6km/Lとなる。ST5のサーキット走行時燃費がどの程度か不明だが、比較対象としてはこの数値。今年のST5優勝車はocula Star5 Roadsterなので、ぜひ燃費の比較をしてみたい。もしデミオ ディーゼルと比較するなら、軽油は換算値が3.0km/Lとなるのでご注意を。

 

なぜST5クラスと比較するか!? そこにパワーを見いだせるからだ。カローラH2コンセプトの水素エンジンが発揮しているパワーは、ラップライムと車両重量がわかると予測できる。もちろん概算の域を超えないが、パワーとは単位時間に発揮できるエネルギー。同じ車両でサーキット一周を走るとき、ラップライムを上げるにはパワーが必要だ。もちろんコーナリングなどの多くの要素が複雑に絡むが、だいたいのオーダーでみるにはOKとする。ベストラップは2分4秒というポテンシャルから、ラップライムはST5クラスと同等と考える。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのインテリア

24時間を走りぬくため、水素エンジンはもちろんのこと、車体も万全の装備が与えられた。

 

おおよその最高出力は150~200psほど

 

もうひとつの要素である車両重量だが、こちらは若干カローラがデミオやロードスターより大きく、水素燃料タンクの増設分も考えると、ST5クラスの2割増くらいかと想定。つまりラップタイム同一で車両重量2割増──ものすごくラフな計算で恐縮だが、ロードスターのパワーを少し上回っているのではないか。つまり最高出力は150~200psの間ではなかろうか?──と想像した。

 

これを読んだトヨタ開発陣からは笑われるかもしれないが、これだけ幅をもって予測したのでそう遠い値ではないだろう。ベースとなったGRヤリスのエンジンは市販車でさえ1.6リッターで272psを発揮する超ハイスペックだから、比較するのに少し無理がある(可哀想)。気体ということのみならず理論空燃比の違いから燃料を多く入れられない特性や、先に説明した高回転・高負荷が弱いという特性を考えると150~200psでていれば凄いといえる。この辺もまた、研究開発での熱い話題となるので別途解説して見たい。

 

ROOKIE Racing カローラH2コンセプトのレースシーン

サステナブルな観点から化石燃料以外のパワーソースを用いたモータースポーツが続々登場している現在。EVはフォーミュラにも進出しているが、ROOKIE Racing カローラH2コンセプトの活躍によって水素エンジンレースも盛り上がるかもしれない。

 

カーボンニュートラルパワートレインの多様性を周知

 

さて、このように、開発車両でありながら24時間レースを走りきり、その可能性と何よりもカーボンニュートラルパワートレインの多様性を世に知らしめてくれた、ROOKIE RacingカローラH2コンセプトには拍手を送りたい。モビリティには多様な価値があり、それらの価値に応えるパワートレインはひとつでないという当たり前のことを、耐久レースに参加するという素晴らしい形で示してくれた。そのアイテムに水素エンジンが選ばれたことは驚きとともに受け入れられたと感じる。

 

水素エンジンの開発そのものは長い歴史をもつ。ぜひこの機会に、それらも次報で紹介できればと思う。

 

 

TEXT/長沼 要(Kaname NAGANUMA)

PHOTO/トヨタ自動車

 

 

【筆者プロフィール】

長沼 要(ながぬま・かなめ)

日産自動車(株)総合研究所動力環境研究所にてエンジン制御に関する研究開発に従事。その後低公害車両開発会社立ち上げや多くの環境負荷低減技術開発プロジェクトに関与。2016年より金沢工業大学教授に就任し、工学部 機械工学科にて教鞭をとる。専門は熱力学、エネルギー変換、自動車工学、エンジン制御で、論文・著書に“Electricity Powering Combustion: Hydrogen Engines”(IEEE)、 “筒内直接噴射式水素エンジンの熱効率向上とエミッション低減に関する研究”がある。

 

 

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