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“サンニ”を買った自動車ジャーナリスト・島下泰久の場合
実は私はこの春、R32ニッサン スカイラインGT-Rの中古車を購入した。もっと安かった時代も知っているのに何で今・・・と自分でも思うが、新車当時にはほとんど触れることができなかった、いわゆる第2世代GT-Rを、やっぱり味わっておきたいという思いが抑えきれなくなったのだ。
そんな私の元に、第2世代GT-Rのチューニングでは知らない者はいない緑整備センターが仕立てたR32 GT-Rのテストという願ってもない依頼が来た。この車両のコンセプトは「限りなくグループAマシンに近い性能を日常性を損なうことなく楽しめる」というもの。内容は追々述べていくが、絶対的な速さを求めたフルチューンなどではなく、あくまで普段使いできて、信頼性も高く、社会受容性もある内容で、しかもチューンドGT-Rらしい魅力をしっかり堪能できる仕様とでも言えば分かりやすいだろうか。そして、それは今の時代の第2世代GT-Rユーザーから、もっとも求められているチューニングと言ってもいいはずである。
外連味のない風貌
よって、その佇まいはノーマル然としている。パッと見て手が入れられていると分かるのは、まずは255/30R19サイズのレイズ・ボルクレーシング TE037と、255/35R18サイズのミシュラン パイロット スポーツ 4 Sの組み合わせ。そのスポークの奥にはオリジナルのブレーキキットも見える。マフラーも、やはりオリジナルだが出口形状はおとなしめで、妙な威圧感などとは無縁だ。
エンジンフードを開けても、アッと驚くような仕掛けは特にはない。実際、タービンはノーマルのままで、排気系にステンレスフロントパイプ、スポーツキャタライザー、そしてチタンマフラーが組み合わされ、オリジナルのECUで制御されている。
RB26DETTの潜在能力を解放する
それだけだと驚きは無いが、実は興味深いのはエンジン内部で、フューエルポンプは大容量化され、そしてマルチスパークのコイルが装着されている。前者は燃圧を高圧で安定させることで燃料の霧化を促進し、低中回転域のレスポンス向上、高回転域の伸び感アップを実現するという。そして後者は3200rpm以下では3回のマルチスパークによる純正比+56%のパワーアップを、そしてそれより上でコイル巻き数の増大により+53%のパワーアップを可能にしたと謳われている。
要するにRB26DETTユニットのポテンシャルをフルに引き出すのが、この仕様の狙い。パワーを求めたいわゆるチューニングはせずに、最新の技術を投入することでパフォーマンスをしっかり引き出してやろうというわけだ。
シャシーはモノチューブ式ダンパーを使い、24段の調整機構を持つMIDORIアラゴスタ・サスペンションキットにハイキャスキャンセラーを組み合わせ、更にアテーサE-TSには強化トランスファー、そして一層緻密な駆動力制御を可能にするデジタルGセンサーを装着する。ブレーキは、MIDORI&ENDLESS鍛造モノブロック6POTキャリパー&2ピースローターである。
雑味なくとにかく気持ちがいいエンジン
走らせてみて、まず感心させられたのがエンジンのツキの良さだ。回り方は雑味が無くスムーズでピックアップも良い。極端に別物というわけではないけれど、明らかにノーマルとは違う。そんな感覚だ。
特に低中回転域はトルクがしっかりと詰まっていて、且つマフラーの効果が大きいのか抜けの良さも心地よい。タービンがノーマルということもありトップエンドの伸び感はそれなり・・・とは言っても元々GT-Rなので悪いわけではないのだが、とにかく実用域が気持ち良いし、ピックアップの良さが軽快感に繋がっている。むろん、高回転域にさらなる力感を求めるならば、タービン交換すれば“怖いくらいの”パワーアップも望めるらしい。
5速マニュアルギヤボックスの操作感も良い。デルリン製のシフトノブ、そしてATS製のクラッチなど、いずれも厳選されたアイテムがしっかりいい仕事をしているというところだろう。
19インチを履きこなせる理由
まさに箱根ターンパイクに合わせたセットアップだというサスペンションは、踏んでいけるアシということで、とにかくアンダーステア知らず。操舵と同時に間髪入れずにノーズがインに向き、ほとんどロールを感じさせることなくタイヤのグリップが発揮されるから、すぐさま安心してアクセルを踏み込んでいくことができる。
ちなみにR32 GT-Rにはオーバーサイズかもと懸念した19インチタイヤはまったく問題なかった。緑整備センターの内永 豊代表によれば「19インチを履けたのは、パイロット スポーツ 4 Sというタイヤが出てきたおかげ」だという。剛性感としなやかな乗り味を両立できるタイヤの登場が、R32の限界を押し上げたわけだ。
第2世代GT-Rの可能性を知るメートル原器
エンジンにしても、このタイヤにしても言えることだが、32年前に生まれたクルマであっても、その間に進化したパーツやタイヤを上手に組み合わせることで、いかにもなチューニングをしなくても一層のポテンシャルを引き出せるというのは、とても興味深い。もちろん、この先を目指すならばメニューはいくらでもあるが、まずはこういうマシンでR32 GT-R本来の力を知っておくのもいいだろう。
更に個人的には、クルマ全体から漂う精度感の高さには本当に唸らされた。ギシギシ音がしたり、ガタツキがあったりといったことが一切無く、機械としてまるで古さを感じさせないのだ。まさに基本的な整備が徹底的に行き届いていると、こういうクルマになるんだなと、改めて実感させられた。
総じて見ればこのクルマ、2021年の第2世代GT-Rのチューニング、そして仕立て方のひとつの指標となる仕上がりだと言っていい。GT-Rはまだまだ進化し続けているのだ。
REPORT/島下泰久(Yasuhisa SHIMASHITA)
PHOTO/北畠主税(Chikara KITABATAKE)