コーチビルドが生んだ独創的なロールス・ロイスたち

ロールス・ロイスの大胆過ぎる特注品の世界。「走るヴェルサイユ宮殿」からパラソルが飛び出すカブリオレまで

1972年製ロールス・ロイス ファントム VI リムジン。フロント
自動車の黎明期、メーカーはシャシーを作り、ボディは専門の業者が架装するというのが通例だった。写真は、ピクニックテーブルを“標準装備”した1972年製ロールス・ロイス ファントム VI リムジン。
ロールス・ロイスは2022年5月20日、コーチビルド部門が手掛けた「ボート・テイル」の第2弾を公開した。ビスポークを超える“自動車のオートクチュール”として数年の時間をかけて製造される特注品であり、かつてコーチビルダーがボディを架装していた時代の贅沢な作りを彷彿させる。最新のコーチビルド仕様が誕生したこのタイミングに、過去のコーチビルドモデルを振り返ってみたい。

かつて「“中身”はメーカー、“衣装”はコーチビルダー」が高級車の常識

1934年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル ドロップヘッド クーペ。フロントビュー
写真はロールス・ロイスの煌びやかなコーチビルド仕様の一例。1934年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル ドロップヘッド クーペ。

自動車の黎明期、メーカーの主な仕事は“中身”、つまりシャシー部分を製造することだった。完成したシャシーはその後にボディの架装を専門に行なうコーチビルダーへと送りこまれ、顧客の好みに応じた“衣装”が与えられるのが常道だった。

コーチビルダーの一部はかつて馬車の架装を生業としていた人々であり、その仕事方法も馬車製作のメソッドに沿ったものだった。しかし、時速30〜40マイル(約48〜64km/h)の高速(馬車と比べて)で走り続ける自動車にとって、これまでの“衣装”では性能面に問題があることが判明。やがて、コーチビルドの世界では、より科学的な視点での進化が求められていくようになる。

それでもコーチビルドにこだわったロールス・ロイス

1920年代になると、自動車を量産するメーカーはボディの架装も自社内で行なうように変化していった。しかし、ロールス・ロイスのようなラグジュアリーカーメーカーは、依然としてコーチワークを専門業者へアウトソーシングする業態をキープ。顧客も気に入りのコーチビルダーへシャシーを持ち込んでは、自分好みに仕立てあげてもらうのが当たり前であった。そう、ロンドンのサヴィル・ロウにスーツをあつらえてもらったり、パリのクチュールでドレスをオーダーするのと同じように。

しかし木製フレーム構造からスチール製フレーム構造へ、セミモノコック構造へと自動車の骨格は時代とともに変化していき、コーチビルダーにシャシーを持ち込むという旧来通りの商いは段々と消えていく。そんな趨勢の中、ロールス・ロイスだけは別体式フレームをもつファントムVIを(少数ではあるが)1993年まで製造。H.J.マリナー パークウォードにコーチワークを委託してきた。

では、ここでロールス・ロイス伝統のコーチビルドの世界を改めて振り返ってみよう。

ヴェルサイユ宮殿をイメージしたロココ調キャビン
40/50HP ファントム I ブロアム ド ヴィル(1926年)

“The Phantom Of Love”の愛称でも知られる1台。ウルヴァーハンプトンのチャールズ・クラーク&サン社が製作を担当した。注文主は、ロンドン在住のフランス系アメリカ人実業家、ウォーレン・ガスケ。愛妻・モードへの贈り物として購入したという。

ガスケが希望したのは、ヴェルサイユ宮殿のサロンを思わせるロココ調の仕上げ。結果、ファントムのキャビンは磨き込まれたマホガニーのウッドパネルやオービュッソンのタペストリー、マリー・アントワネットの輿(こし)をイメージした天井などで彩られた。キャビンを前後に仕切るパーテーション上には、オルモル細工(真鍮などに金めっきをあしらったもの)のクロックが装着されている。

軽さと空力を追求した美しき実験車
17EX(1928)

1925年、ヘンリー・ロイスは、一部のコーチワークのサイズや重量がロールス・ロイスのパフォーマンスに負荷を与えていることを懸念。軽量で流線形のオープンボディを与えた「10EX」と呼ぶ実験的なファントムを作り上げた。

そして5番目のモデル「17EX」は1928年1月に完成。車速は90マイル(約145km/h)超に達した。しかしいくら実験車とはいえ、ロールス・ロイスに相応しいクルマでなければならないという強い思いのもと、車両の内外は美しいブルーにまとめられている。

現代の「ボート・テイル」に繋がる造形美
ファントム II コンチネンタル ドロップヘッド クーペ(1934年)

A F マクニールがデザインし、ガーニー・ナッティング&Coがロンドンで製作した1台。最新の「ボート・テイル」に通じるコーチワークを後ろ姿に見ることができる。ニス仕上げのリヤデッキが、鋭く後方にエッジを突き出している見事な造形は目を見張るものがある。

ロールス・ロイスのボンネットで昼食を
ファントム VI リムジン(1972年)

別体式フレームをもつ最後のロールス・ロイス、ファントム VIは、コーチビルダーにとっても腕を存分にふるうことができた最後の素材であった。写真はH.J. マリナー パークウォードがデザインと製作を担当。最先端のサウンドシステムやテレビを搭載し、ワインやピクニック用フードを収納できる冷蔵庫を用意。

さらに、美しい花瓶やウォールナット製のピクニックテーブルも装備していた。一連の備品はトランク内にしまっておくことが可能で、景色の良い場所についたらフロントフェンダーにテーブルセットを整え、フロントのオーバーライダー部にシートを装着すればランチの準備は完成、となる。

航空機の尾翼にも似たシャープなリヤセクション
スウェプテイル(2017年)

2013年、ロールス・ロイスはとある顧客から「2シーターのクーペをコーチビルドして欲しい」というオーダーを受ける。それから4年の歳月をかけて完成したのがこのスウェプテイル。巨大なパノラミックグラスルーフから車両後方に向けて絞りこまれていくルーフライン、そしてボディ下部の天に向けて上昇していくラインがあいまって、いまにも飛翔しそうに見える独特のリヤビューが誕生した。

2017年にこのモデルが公開されて以降、ロールス・ロイス本社にはこのような特注品を依頼する声がいくつか届くようになり、グッドウッドに常設のコーチビルド部門を新設することになったという。つまりこのスウェプテイルこそが、“現代のコーチビルド”の起点といえるのだ。

高級ヨットをモチーフとした最新作
ボート・テイル(2021年)

ことほど左様に個性的で贅沢なコーチビルディングの世界を復活させるべく、ロールス・ロイスは常設のコーチビルド部門を社内に新設。最初の作品として、3台のボート・テイルを製作すると明らかにした。1作目は海をイメージしたブルー基調の1台、2作目は真珠をテーマにしたエレガントな仕様となっている。

ボート・テイルは固定式のファブリックルーフを備えた2ドアの4シーターカブリオレで、造形のモチーフとなったのは高級ヨット。リヤデッキには蝶の羽根のように開く観音開きドアを備えており、パラソルやスツール、カトラリー一式を収納できる独創的な構造となっている。

3作目は目下製作中とみられており、今度はいかなる“衣装”をまとって登場するのか、各方面から期待が寄せられている。

ロールス・ロイス ボート・テイルのリヤビュー

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著者プロフィール

三代やよい 近影

三代やよい

東京生まれ。青山学院女子短期大学英米文学科卒業後、自動車メーカー広報部勤務。編集プロダクション…