目次
ビクトリア時代の鉄道用トンネルを再利用
従来の風洞試験で行われていた静止した車両に空気を流す方法ではなく、制御された環境下において、実際に車両を走行させるという、空力試験の常識を覆すユニークな仕組みが採用されたのがケイツビー・トンネルだ。この種の施設は英国初であり、世界でも2ヵ所のみが存在している。
ケイツビー・トンネルは、もともとビクトリア朝時代に建設された複線の鉄道用トンネルである。1898年7月に初めて蒸気機関車が通過したというこのトンネルには、今も石炭を燃料としていた当時の機関車から出された煤の跡が残っている。
全長2.7km、幅8.2m、高さ7.8mの巨大な断面を持つこのトンネルは、約3000万個のレンガを使用。鉄道用トンネルとしては1966年に閉鎖されており、2022年に数百万ポンドを投じて、最先端のエアロダイナミクス検証用車両試験施設へと生まれ変わった。
マルチマチック・モータースポーツは、データの相関性・有効性を確認するべく、ケイツビー・トンネルでテストする前に、マツダ RT24-Pを従来の風洞施設に入れて空力テストを実施。今回のケイツビー・トンネルでのテストを終え、フルサイズ風洞試験、40%スケール風洞試験、CFDによる解析、さらにIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権のトップレベルにおける5シーズンの実戦から得られた総合的なデータを比較。その結果、ケイツビー・トンネルで得られたデータは、既存の性能データとの高い相関性が確認されたという。
風洞施設にはない“リアル”が存在するケイツビー
風洞施設とは異なり、実際に走行しながら空力に関するデータを取得できるケイツビー・トンネルは、従来のエアロダイナミクス開発の常識を打ち破る存在となる。今回、検証テストを行ったマルチマチック・モータースポーツの代表を務めるラリー・ホルトは、次のように、その意義を説明した。
「従来の風洞施設とは異なり、ケイツビー・トンネルは“リアル”なのが素晴らしいのです。ムービング・グラウンド式風洞施設では、クルマは静止しています。そこに巨大なファンとフローコンディショニングセットで風を送り込み、ベルトがクルマの下を協調速度で移動するよう配置されています。確かに非常に洗練されたシステムですが、クルマが止まっている以上、そこにリアルさはありません。このケイツビー・トンネルは、現実世界を舞台に実際に走るクルマの空力性能をテストすることができるのです」
「現実の世界を移動するクルマは、突風や雨など天候の変化、気温による空気密度の変化など、様々な事象から影響を受けてしまいます。ケイツビー・トンネルは、天候に左右されない実世界が提供されます。動くクルマ、本物の路面、コントロールされた環境、そして季節に関係なく24時間走り続けることができるのです。2.7kmの完璧にコントロールされた環境です。ここには、進化を追い求めるときに必要な一貫性があるのです」
レーシングドライバーにとっても新鮮な経験に
マルチマチック・モータースポーツのテストドライバーを務めるアンディ・プリオールは、今回の検証プログラムを通じてマツダ RT24-Pのステアリングを握った。
「レーシングドライバーを長く続けていると、新しいことを経験する機会はあまりないものです(笑)。純粋な空力テストといえば、エンジニアが風洞で静的モデルを使って研究し、ドライバーが関与することはありませんでした」
「実際のレーシングカーに乗り込み、2.7kmのトンネルを全開で走ることに、最初は少し戸惑いました。でも、テストを終える頃には、このケイツビー・トンネルが素晴らしい施設だということが理解できました。マルチマチック・モータースポーツがこの施設をいち早く導入し、主要クライアントとなったことも、私にとって全く驚きではありません」
ケイツビー・トンネルは、英国・ノーザンプトンシャー州ダベントリー近郊に開設。ブラックリーのマルチマチック・モータースポーツ英国本社ファクトリーからもクルマですぐの場所にある。マルチマチック・モータースポーツはこの新施設の有用性をいち早く理解し、レーシングカー開発のために長時間の使用時間枠が確保したという。